出版と知のメディア論  長谷川一 (2003年7月3日)

■ 学術出版研究部会 発表要旨 (2003年7月3日)

出版と知のメディア論

――理論,歴史社会,文化の地政学,そして「出版」の新地平

長谷川 一

2003年5月に上梓した拙著『出版と知のメディア論──エディターシップの歴史と再生』(みすず書房)の内容について,5月の春季研究発表会に引きつづき,7月3日の学術出版研究部会例会(於:東京・神田,東京電機大学)においても発表の機会を与えていただいた。「出版」という現象を,マテリアルな編制と言説のモードとの絡み合いのなかで捉えなおし,新たな「出版」の可能性を探るための新たな理論的パースペクティヴを,稚拙で不十分ながら実証的・実践的に提示することを試みた拙著の内容は多岐にわたる。そのため今回はとくに以下の3点に絞って発表した。
(1) 理論的パースペクティヴ──メディア論の視座から「出版」を問題化していくための理論的枠組みを提示した。「出版」産業内在的な議論というよりも,「文化」の問題として論じる地平を設定。
(2) 方法論としての歴史社会,文化の地政学──文化研究における文化概念について紹介した。ここでいう「文化」とは,たとえば「出版文化」などという使われ方をするときの「文化」という語が示すものとは異なる意味あいをもつ。そして,諸力のせめぎあいとして抗争的・構成的に成立する「現在」と,そこに立ち現れる諸問題を歴史社会的厚みのなかで立体的・重層的に把握することに到達しうる方法論のひとつを示した。ここでは具体的な議論場として,知と出版の相互浸透的で不可分な複合関係(知─出版系)に注目し,それがいかに構築されてきたのかを,中世から近代にいたる大学制度の成立と変遷を中心とした知の編制過程のなかで辿り直した。またその知見にもとづいて,今日急速に展開する出版のデジタル化は,知の商業化の文脈のなかで理解されるべきことを示した。そして「紙」と「デジタル」は,既往の議論でしばしば措定されていたような二項図式で捉えられるべきではないこと,今日の知─出版系の各所で顕在化する局所的と見える諸問題がじつは文化・社会・知の全域的な地殻変動に連動したものがあることを明らかにした。
(3) 「出版publishing」の新地平へ──(1)(2)より現在の知と出版をめぐる編制を読み解いたうえで,「再生」にむけた想像力について論じる。「本」という「モノ」を機軸とする近代産業としての論理や価値観とは別に,publishはその原義であるto make publicへと立ち戻ったうえで,「コト編み」として再構築していく可能性について述べた。
本発表はさいわい多数の熱心な会員・非会員の参加を得ることができた。発表後には多くの有益なコメントを頂戴し,また活発な意見交換の行われる貴重な機会となった。今回は,拙著の内容のうち,「人文書」と近代日本の知─出版系を扱った研究については,時間的制約のため割愛せざるをえなかった。このテーマにかんしては機を改めて議論したいと思う。
(長谷川 一)