沼津兵学校と沼津版  樋口雄彦 (2004年6月25日)

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歴史部会   発表要旨 (2004年6月25日)

沼津兵学校と沼津版

樋口雄彦

 沼津版は、静岡藩の藩校沼津兵学校、およびその英学教授であった渡部温が刊行した、沼津兵学校用の教科書である。現在、沼津(兵)学校刊のものとして、『筆算訓蒙』、『野戦要務』(以上明治2年)、『兵学程式』、『仏蘭西歩兵程式』、『法朗西単語篇』、『智環啓蒙』(以上3年)、沼津小学校(沼津兵学校附属小学校)刊行のものとして『大統歌』、『三字経』、『孝経』、『逸史題辞』(以上刊行年不明)、渡部温刊行のものとして、『経済説略』(明治2年)、『英国史略』(3年)、『英吉利会話篇』、『西洋蒙求』(以上4年)、『英文伊蘇普物語』(5年)の15種類の存在が確認されている。個々の書籍には、数学史・英学史などの分野で評価されているものが少なくない。
 維新後、静岡藩徳川家(旧将軍家・旧幕府)が版権を所有した出版物は、静岡藩内で出版されたものと、東京で出版されたものとに大きく分けられるが、沼津版は、静岡学問所が刊行した書籍とともに、静岡藩内で刊行されたほうに含まれる。東京で刊行されたものとしては、幕府以来の御用達蔵田屋清右衛門に売捌を委ねた、『英和対訳袖珍辞書』(明治2年)、『英吉利単語篇』(3年)などがあり、沼津学校版に押されていたものと同じ、徳川家の版権を示す「徳川氏改印」「徳川蔵版之爾」といった朱印が押されている。藩内で刊行された沼津学校版も蔵田屋売捌であり、広く全国に普及したが、静岡藩が何故自藩の出版物を藩内版と東京版に分けたのか、理由はよくわからない。
 渡部温による沼津版5種は、いずれもアルファベット活字で印刷された英語教科書であり、オランダから江戸幕府に贈られたスタンホープ印刷機が維新後沼津に運ばれ、同機を使い印刷されたものとされる。活字器械が静岡藩に運ばれたことは徳川宗家文書「留帳」の明治元年11月の記事から裏付けられる。「公文録」に収録された、明治4年2月静岡藩提出の『英国史略』『英文典』の開板願には、「活字稿本」「活書ニ摺立」という文言があり、勝海舟の日記にも、同年9月段階で兵学校に活字が存在したらしいことをうかがわせる記事がある。開成所活字御用出役をつとめた洋学者榊綽が沼津兵学校三等教授並になっていたことを考えると、印刷機が彼とともに沼津にあった可能性は高い。しかし、沼津版とスタンホープ印刷機とを結びつける決定的な一次史料は見つかっていない。
 沼津版の刊行は、沼津兵学校とともに短命だった。しかし、明治初年の洋学ブームに乗り書物としての生命はその後も続いた。また、沼津版で学んだ兵学校生徒の多くが上京し、彼らの手によって「沼津版の子ども」ともいうべき書籍が生み出されていく。一方、地元沼津では、兵学校の沼津版に影響を受けた新たな出版物が平民層や残留した兵学校出身者たちによって刊行されることになった。
(樋口雄彦)