出版史研究の手法を討議するその2 田島悠来 (2014年7月17日)

■関西部会 発表要旨(2014年7月17日)

出版史研究の手法を討議するその2:
1970年代の雑誌『明星』とその読者の考察から雑誌分析の方法を考える

田島悠来
(同志社大学創造経済研究センター特別研究員)

1.はじめに
 本報告では,研究者間での出版史研究のより活発な議論と成果の進展のため,ベースとなる研究手法,研究の進め方,評価モデル,定義などを共有することを旨とする「出版史研究の手法を討議する」シリーズの一環として,報告者の博士論文「1970年代の「アイドル」文化装置としての雑誌『明星』」(2014年3月 同志社大学 未公刊)における研究成果を踏まえ,論文で用いた雑誌の分析手法を紹介しながら,今後の出版史研究の活性化に向けて,その有用性と課題点について議論を行った。

2.問題提起および研究方法
 「雑誌を分析する」と一言にしてみても,その手法は研究者の問題意識やどこに着眼点を置くのかによって多種多様である。それゆえ,何をどのように分析していくのかについては意見が分かれるが,出版学の発展のために,ある程度メソッドや課題の共有をはかっていくことが必要であると考えられる。そこで,マス・コミュニケーション研究の分野において,メディア情報を読み解く手法として,内容分析(content analysis)に代わり近年注目を集めている言説分析(discourse analysis)を雑誌分析に援用することを通じて,雑誌を分析する上での「量的」「質的」の共存は可能であるのか,‘客観性’とはどのように担保していけばいいのかを,雑誌『明星』(集英社,1952年創刊)の読者ページの分析結果を提示することにより考えていった。具体的には,『明星』最盛期であり多くの読者を抱えた1971年9月号から79年12月号までの読者ページに掲載された投書の言説を中心に探った。

3.分析のプロセスと結果
 分析にあたっては,言説分析のうち,「テクストと相互作用の分析」という捉え方に依拠し,第一に,テクスト(記事,投書)の分析,第二に,テクストの生産という言説実践の場への着目から1970年代当時雑誌編集に携わった編集者へのインタビューによる考察,第三に,言説実践やテクストフレームを形成する社会・文化的実践の分析として,1970年代の社会状況,特に『明星』読者である若年層の置かれた生活状況の変化を,『読書世論調査』『学校基本調査』『青少年白書』等の各種調査の結果と照らしてあぶり出していくという三段階のプロセスを踏んだ。
 以上の結果,70年代の『明星』読者ページでは,投書を行う読者が主体的に関わった(1)「アイドル/ファン」解釈共同体(2)〈ヤング〉共同体という二つの読者共同体が形成されていたことがわかった。後者については,60年代中盤までの集団就職による若年層の生活空間の都市化,更には,70年代を通じての進学率の上昇を受けて,100万人以上の学校へ通う世代の心を魅了した『明星』における読者コミュニケーションの場が,「若者」に向けた「ヤング・マーケット」としてのメディアが隆盛を極めていくことの一端を担い,読者同士の連帯意識の構築に寄与していたという側面を浮き彫りにしたと言える。加えて,そこで重要な役回りを担っていたのが「明星アニキ」という編集者であり,投書の取捨選択からはじまり,読者が作り出す言説の調停,思想の植え付けなど,共同体形成に大きく関わった部分も否定できないことが編集者への聞き取りにより明らかになった。

4.おわりに
 本研究は,既往研究が踏み込むことのほぼなかった1970年代の『明星』という雑誌を議論の俎上に乗せ,言説分析という分析枠組に則り,その読者ページの投書を分析することで,70年代の若者論が見過ごしてきたポスト団塊の世代の在り方に焦点を当てるという成果を得るとともに,出版史研究の蓄積にも貢献できたのではないかと考える。他方で,用いた分析手法をどこまで雑誌研究として一般化できるのかについては,テクストと聞き取り調査の結果得た情報とをいかに区別していくべきなのか,分析者の立ち位置をどこに置いていくのか等,今後慎重な手続きと,更なるブラッシュアップが必要であり,引き続き討議を要するものとなろう。
(文責:田島悠来)