近代後期のドイツ書籍業史  江代 修 (2003年7月25日)

■ 関西部会   発表要旨 (2003年7月25日)

近代後期のドイツ書籍業史

江代 修

 『19世紀と20世紀のドイツ書籍業史』第1巻第1・2分冊(2001/03)は一般に著者名をもって「カップ・ゴルトフリードリヒ」と呼ばれる『ドイツ書籍業史』全4巻(1886-1923)の続編.新旧の通史とも編纂・刊行をドイツ書籍商組合自身が行っており,業界の強い関与がドイツの書籍業研究の顕著な特徴だ.この二つの通史成立にはドイツ書籍業の歴史そのものが絡み,またその背景にはドイツにおける活字文化の一種独特な展開があった.
 全ドイツの書籍業者組合結成が1825年.統一国家ドイツがまだ存在しない時点での,他の職種にも西欧諸国の同業者にも先んじたこの組織化は,活字メディアがドイツにおいて特にめざましい働きをした,その一つの産物だった.首都を欠き長く分裂国家であったドイツでは,文化面で人と人との間の直接の交流が難しく,そこで発展したのは話し言葉であるよりも書き言葉,つまり活字のドイツ語だった.ドイツ人の特性について,活字メディアと関連させた言及が多いのはそのためだ.「詩人と思想家の国」はつとに有名だが,最近では「読書革命」論の話題の中心がドイツである.そういう国であればこそ書籍業の役割は一層重要で,本の出版・販売が果たす(べき)政治的・社会的機能をよく理解していた出版人も少なくなかった.業者の迅速な組織化も業界主導による歴史編纂も,そのような文脈から生まれたものであった.
 しかしそこには元来,多様な地方性に基づく遠心性が強く働いていたのであり,ドイツ近代書籍業史は長く南北ドイツの対立的構図の上に築かれてきた.従来その歴史記述を貫いていたのは,北独はザクセンの,書物の都市ライプツィヒから見た視座だった.近代書籍業史とは即ち北独を中心とした出来事だったのであり,それは近代ドイツ史全般が近代プロイセン史であるのと同じ脈絡にあった.しかし第二次大戦後はこの歴史観の前提が崩れる.東西分裂はライプツィヒと西独との関係を絶ち,長くそのライバルだったフランクフルトに西独出版業組合の本部が置かれ,南独の中心都市ミュンヘンがドイツ最大の出版都市となった.書籍業史研究ではミュンヘン大学がその一大拠点であり,このたびの新刊の編著にもその研究陣の寄与が大きい.同書が「カップ・ゴルトフリードリヒ」の続編としてほぼ1世紀ぶりに現れたことにちなんで,近代ドイツ書籍業史を振り返った次第である.
(江代 修)