特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版史研究における雑誌分析の課題と可能性(その1)

特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版史研究における雑誌分析の課題と可能性(その1)

田島 悠来 (同志社大学創造経済研究センター)

はじめに

 出版不況が叫ばれて久しい昨今、その煽りを受けて、雑誌の出版点数は年々減少の一途をたどっている(注1)。持ち運び用タブレット端末のPCやスマートフォン(携帯電話)等の新しいメディアの伸張は、雑誌を含めた出版物の電子化を促しつつある(注2)が、同時に、人びとが「書物を読む」ということの意味合いの変質を招いているとも言える。特に2010年代に入って、出版メディアの社会での位置づけの変化とともに、出版研究もターニングポイントを迎えているのである。
 このような状況下において、出版研究、なかでも、出版史研究の観点から、果たしてどのような研究手法や分析枠組みを用いていくことが今後必要となってくるのかについて本学会を通じて研究者間で議論してきた(注3)。
 そこで、以上を踏まえて、本連載では、重要文献を確認しながら既往の出版学における出版史研究の手法を整理しつつ、近年のマスコミュニケーション研究の動向や筆者がこれまで携わってきた雑誌分析に引きつけて、その課題と可能性について四回に分けて記述していく。そうすることで、これから雑誌研究、延いては、出版研究に従事していく人たちへ向けて、一つの道筋を示すことができればと考える。

出版学における出版史研究のこれまで

 日本出版学会の設立と発展に多大なる貢献を果たした清水英夫氏、箕輪成男氏は、それぞれの著書のなかで、「出版学」とは何かについて明確に述べることで、学問としての出版学の形成に寄与した出版学のパイオニア(注4)であり、両氏の著書は出版研究を行う上で、必読書となる。「出版学は社会現象としての出版事象を研究対象とする学問である」という一文から始まる箕輪氏の『出版学序説』(日本エディタースクール、1997年)には、出版学の基本的性格や諸学問との関連が明記されている。ここで、箕輪氏は、出版学ないし出版研究(ほぼ同義で扱われているため、以下出版学に統一する)の学問的な様相と方法について詳しく解説しているが、それによると、出版学には①歴史的研究②人文学・法学的アプローチ③技術論④社会科学的研究という、大別して四つの学問的接近があるという。そしてこのなかで箕輪氏が説くのは、社会科学的研究の必要性であり、そこには、それまでの出版学が、人文学的接近に偏重してきたことへのアンチテーゼとして、社会科学分野で行われているような手法による科学的データに基づく客観的な観察、分析を模索するべきだという主張がある。一方の清水氏も、『現代出版学』(竹内書店、1972年、234頁)において、「社会現象としての出版を科学的に研究・調査することを目指す学問」(下線は引用者による)とし、また、『出版学と出版の自由』(日本エディタースクール、1995年、43頁)のなかで、「出版現象を科学の対象として、論理的、数量的、法則的に把握する自覚的努力が欠けていた」と、箕輪氏と同様の視点から出版学のそれまでを批判的に振り返っている。ここで指摘されているのは、出版学における科学性の欠如であるが、同時に、「今日の歴史研究は一般に科学を指向し、価値フリーな実証性を尊重しているが、出版史研究がどの程度そうした科学性を確保しているかは疑問なしとしない」(箕輪、1997年)とあるように、出版史研究が抱える問題としても見られている。
(つづく)


注1 『出版指標年報 2015年版』(全国出版協会出版科学研究所、2015年)によると、2014年の雑誌の発行銘柄数は前年比2.0%(65点減)の3,179点で、8年連続減少しているという。なお、創刊点数は87点なのに対し、休刊は169点(前年より45点増)と、創刊よりも休刊が大幅に上回っており、消費税増などの煽りを受けて今後更に厳しい状況になることも想定できる。
注2 全国に住む一般男女を対象として毎年実施されている読書に関する調査結果をまとめた『読書世論調査 2015年版』(毎日新聞社、2015年)によると、「電子書籍を読んだことがある」人の割合は、2012年14%、13年17%、14年21%と年々増加してきており、なかでも20代では50%、30代39%、10代後半34%と若年層の利用経験が多い傾向にある。また、読んだ作品のジャンルとして漫画が66%と最多で、小説56%、雑誌26%、新聞23%と続いており、端末では、スマートフォン(73%)が圧倒的であったという。他方、電子書籍を読んだことがない人のうち、これから「読みたいと思わない」人の割合は74%と高く、その主たる理由としては、「紙の本に愛着があるから」等が挙げられており、紙媒体へのこだわりも強く、電子書籍の一般化が急速に進行していると一概に言えない状況もあることがわかる。
注3 詳しくは先の中村健氏による連載報告「「出版史研究の手法を討議する」特別報告の連載を開始するにあたって」(2015年4月30日)を参照。
注4 清水氏、箕輪氏の経歴と功績については、「追悼・清水英夫氏」「追悼・箕輪成男氏」が詳しい。