特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版史研究における雑誌分析の課題と可能性(その4)

特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版史研究における雑誌分析の課題と可能性(その4)

田島悠来(同志社大学創造経済研究センター)

課題克服に向けて

 まず、第一の問題点(発信された時代の異なるテクストの取り扱い)については、歴史学の領域において確立されてきたオーラル・ヒストリーや、社会学の領域において市民権を獲得しつつあるライフ・ヒストリーという手法が示唆的であろう(注12)。いずれも都市社会学におけるシカゴ学派のライフストーリーの方法論から発展してきたという経緯があるが、目的や研究対象の違いがある。詳細はここでは触れないが、いずれにしても、インタビュー法による質的研究が追求されており、同じくテクストの質的側面を重視した分析を行う言説分析の手法に応用できる点や共通の問題も多く含まれていると想定できる。オーラル・ヒストリーにおいてしばしば指摘されているのは、インタビュー対象者の話について多かれ少なかれ不明確さ(事象の年代の違いや一つの事柄と他の事柄との混同等)が付きまとうこと、また記憶のもとになった同一時点での共通した経験や見聞でも、人によって極端に異なったものになる場合があること、そして、「人間は絶えず新しい状況の下で自己の過去というものを再整理して、それによって自己の再確認をしながら生きている」ため、「思い出された過去はしばしばその人にとって今日的価値に強く影響されて、変形し、解釈をし直され、不都合な部分は記憶から排除される可能性がある」(伊藤隆、注12、2009年)と述べられるように(これは対象者の個人的な性質からくる問題なのではなく、往々にしてどの対象者にも起こりうるもの)、対象者が物事を現代的なコンテクスト上に読み替えて語る傾向にあること、以上の問題点である。特に最後の点は、筆者の雑誌分析において抱えた課題と重なる部分であり、こうした人間的特性を考慮しながら研究に取り組まなければならないという助言ともなる。
 次に、第二の問題点(研究者の立ち位置の明示)について、考え得る対処策としては、まずは、その研究者が明らかにしたいことを明確化し、それに基づいて設計したプロセス(分析の過程)をオープンにしていくことが不可避であろう。そうすることで研究者の問題意識をより顕在化させることとなり、どのような視点で研究を遂行しようとしているのかを他の者に示すことにもつながる。その際の参考文献として、藤田真文・岡井崇之編『プロセルが見えるメディア分析入門 コンテンツから日常を問い直す』(世界思想社、2009年)や牧野智和『自己啓発の時代―「自己」の文化社会学的探究』(勁草書房、2012年)などが挙げられる。以上は必ずしも言説分析の手法を用いたものではないが、いずれもこうした課題を克服するための示唆に富んだ文献である。

おわりに―雑誌分析の可能性とは

 雑誌分析(テクストの分析全般に通じる)に従事していると、分析結果が「客観性に欠ける」「恣意的である」「評論に過ぎない」のではないかという内外的(自己反省としても、他者から受ける批判としても)な評価の壁にぶつかることが一度はあるだろう。もちろん、それを乗り越えるために、上記のような打開策を講じることが必要である。そして、出版学という学問の成立も、一つには非科学的(評論的)な域からの脱却を念頭に置いてなされたのではないか。
 他方で、そもそも「客観性」「科学的」とは一体何であるのか、という問いもある。「定量化=科学的」と必ずしも言えるのか。量的な多寡のみが物事の判断基準になるのか。また、再現可能性(分析者や分析時期が異なっても同じ結果が出る)の保証が客観性の裏付けとなるのか。言説分析の発展に寄与したN.フェアクラフは、「もし、分析者の「主観」によって「歪められる」ことなく、テクスト内に「存在する」ものを純粋に描写する分析をテクストの「客観的」分析と呼ぶならば、そのようなものは存在しない」(フェアクラフ、2012年、18頁)と述べている。つまり、分析者の主観を全く排した分析などない、というのがフェアクラフの考えであろう。
 メディアというものの位置づけは時代ごとに変容しており、いつの時代でそのテクストを見るのかによってその解釈に違いが生じることは必然的であると言える。それゆえに、歴史は捉え直され、再構成されていくのである。雑誌メディアについて言えば、殊に出版メディアの社会的な位置がめまぐるしく変化しつつある現代においては、より開かれたテクストの解釈がなされるようになるのではないか。そうした可能性を広げていくためにも、再現可能な分析を行うことのみならず、共有可能な分析手法を確立させていくことを目指して、出版史研究の手法を討議することが今後益々求められていくのではないだろうか。
 本連載が出版研究の将来を担う人たちに何らかの手がかりを提示できれば幸いである。(おわり)

※次回より中川裕美会員の連載が始まります。
 


注12 オーラル・ヒストリー、ライフ・ヒストリーについて詳しくは、御厨貴『オーラル・ヒストリー 現代史のための口述記録』(中央口論新社、2002年)、御厨貴『オーラル・ヒストリー入門』(岩波書店、2007年)、法政大学大原社会問題研究所編『人文・社会科学研究とオーラル・ヒストリー』(御茶の水書房、2009年)など。