雑誌文化論の視点から出版教育を考える 富川淳子 (2013年9月26日)

■出版教育研究部会 発表要旨(2013年9月26日)

雑誌文化論の視点から出版教育を考える

富川淳子
(跡見学園女子大学文学部現代文化表現学科)

 出版教育研究部会では大学における出版教育のあり方について議論を重ねてきました。今年度の研究会では議論の連続的な試みとして大学における出版関連科目の担当者はどのような趣旨(目的)で教えているのか,出版教育の課題認識と方法論を考え,情報交流の場として担当科目を紹介していただくことにしました。
 今年度第1回研究部会では跡見学園女子大学の富川淳子さんにお話を伺いました。富川さんはマガジンハウスにおいて『Hanako』『anan』の編集長を勤めたのち,現職についておられます。雑誌編集の現場に長く関わった実体験から,大学では創るというクリエイティブな視点も加え,雑誌文化に関する講義を行っておられます。
 研究会は参加者10名(講師,会員8名,一般参加者1名,会場:日本大学本館5階105号教室)で,充実した発表内容と議論が進みました。

■発表要旨
 私が所属している現代文化表現学科は2010年に設立された学科ですが,「創る,提供する,批評する」ための実践能力を備えた人材を育てることを目指しています。現代のカルチャーを対象として文化表現に関する様々なことを学ぶ学科であるといえます。対象とする現代文化とは漫画・アニメ,プロダクト・デザイン,ファッション・雑誌,ポピュラー音楽,映画,ダンス・演劇など幅広く,私自身はファッション・雑誌の分野を担当しております。出版に関連する担当科目は「ファッション文化論」「総合科目-女性誌と社会」「ライティング特殊演習(編集)」です。
 カリキュラムはカルチャーの基礎知識を学ぶことから始まりますが,多様な視点から文化(雑誌)を学び,考える,分析する,書く,発表する力を備えることを重視します。そして,出版を教える時の一番の拘りは「“時代の鏡”である女性誌を社会の動きや産業の発達,教育や価値観などいろいろな角度からみる面白さを伝える」ことです。
 「女性誌と社会」は280名を超える受講生が集まるくらい人気が高い科目ですが,女性誌を主役とし,その歴史や役割,特性が社会のさまざまな要素といかに絡み合っているかということを具体的に紹介し,その理由などを分析していきます。「ファッション文化論」ではアンノン族のように女性誌がきっかけとなった社会現象を取り上げたり,美容記事における美白の変遷,あるいは人気の着回し企画と男女機会均等法やバブルとの関係など女性ファッション誌の特集を軸にして,雑誌の特性と社会との関係の深さを学ぶ授業です。
 学生たちにはこのような授業を通じて学ぶ,さまざまな視点でひとつのものを見るという発想は,クリエイティブな仕事において基礎力ともいえる想像力を磨くのに役立つと思っています。想像力は企画を生み出すうえで欠かせません。また,想像力は生きる力になる,違う価値観を受け入れる基盤になります。そして,新しい驚きが多ければ,勉強や研究することが面白くなる。何より雑誌って,面白いなと思わせたいのです。
 以上が授業の概要になりますが,本日は担当科目のうち,「ファッション文化論」の1コマを取り上げ,通常90分の授業の内容を30分ほどに縮めて,簡単に紹介します。この授業はファッション写真の誕生や進歩,日本のファッション誌の特集,アメリカと日本のファッション誌の比較といったテーマでシラバスを構成しています。本日は9回目のファッション誌の特集「おしゃれスナップ」というテーマの授業を公開いたします。
 80年代初め頃まで女性誌はおしゃれスナップの特集企画ができませんでした。それまで街には誌面で紹介出来るようなおしゃれな人が少なかったからです。おしゃれな人が少なかった背景として,センスのいい既製服が少なかった,おしゃれセンスを磨く情報も限られていた,モデルと読者の体型の差が大きかった(1950年代と80年代で20代女性の平均身長は30センチも差があった),地方にはファッションビルもなく,手に入る洋服に地方格差があったなどが挙げられます。
 ちなみに1981年から『anan』はファッションウィークリー誌になり,私はこの頃から『anan』に関わり始めました。『anan』が他誌に先行して,おしゃれスナップ特集を企画したのは83年のこと。80年代は『CanCam』『ViVi』『Classy』など競合誌も増えてきて,他誌との差別化を必要としていたこともありました。DCブランドブームによって街におしゃれな着こなしをした人が増え,スタイリストやハウスマヌカンに代わる新しいファッション・リーダーを探す必要性もあったからです。ファッション・リーダーを読者代表にすることで読者にリアルなファッションの着こなしを紹介できるし,女優やプロのモデルより身近な存在なので,読者からの共感を得やすい。今後も読者モデルの活用は続くと思います。
 最後に,「ライティング特殊演習(編集)」で学生に製作指導をし,課題として作っている『Visions』について紹介します。昨年の『Visions』は3年生が半年間の授業で作りましたが,今年からは通年で作ることになりました。企画から取材,原稿執筆に至るまですべてを学生の手で行い,20ページの雑誌をグラフィックデザイナーやカメラマン,校正者など雑誌界の第一線で活躍するプロフェッショナルたちとともに完成させます。
 『Visions』は毎年テーマを変える特集スタイルをとり,第1号は大学と学科案内を兼ね,テーマを「感動」としました。学生たちが目指すクリエイターという職種にとって,感動することがいかに大切か,感動は実は身近なところにもある,というメッセージを込めた特集です。第2号は東日本大震災の年でしたので,さまざまなクリエイターの社会貢献を紹介。第3号では現在活躍しているクリエイターの方々へのインタビューで構成した「ファッション界のクリエイティブな仕事」をテーマとしました。
 この編集作業を通じて,様々な視点で見るという面白さを知り,媒体を作る責任の重さを実感する。また,一流と言われるプロの仕事に接する,社会人にインタビューするなど,貴重な体験は想像力を磨く訓練になると思います。
(文責:出版教育研究部会)