中小規模版元から見る出版産業の現実と展望 高島利行 (2018年10月3日開催)

■ 出版産業研究部会 開催要旨 (2018年10月3日開催)

中小規模版元から見る出版産業の現実と展望

高島利行 (語研)

 タイトルの通り、中小規模の版元の特に営業活動を中心において、実際に自分が見てきた、そして直面している現実について語っていく。
 はじめに自身と語研について簡単に説明しておく。語研は語学専門の出版社で、古くは書籍と音声カセットのセットを販売していた。高島が入社したのは1999年、その直前に新規開拓で売上が伸び、併せて返品も増えていた時代で、従来型の店を回るスタイル以外の営業を開拓するために呼ばれた面もあった。一方で、社内システムの改善なども行ってきた。それまでの業務管理システムが使いにくかったので別システムに切り替え、社内LANの整備やWebサイトの立ち上げも行った。
 入社した時期はカセットテープがCDに変わってくる時期、CDにとどまらずメディアの変化には繰り返し翻弄されてきている。1998年前後には付録のCDも解禁になり、コンピュータ雑誌はCDをつけるようになってきていた。語学関係の書籍もCD添付形式が普及していく。カセット添付書籍の値段に比べると、CD添付書籍は三分の一程度の価格付けで、単価が三分の一になったからと言って三倍売れる商材ではないため、何年か苦しい時期が続いた。CDシリーズの立ち上げで、なんとか以前程度の売上を確保できるようになったが、最近のダウンロード・ネット配信の流れでまた変化が起きている。
 語研の新刊は営業注文のみであったが、新刊ラインも始めた。注文のみの時代はかなりスケジュールにルーズなところがあり、中には注文を取り始めてから発行が遅れ遅れになり、当初の注文数がわからなくなるようなこともあった。なお、元々箱入りセット商材だったので、扱っている商品は全て開発商品(マルチメディア)扱いである。


1.書店による返品率低下と在庫削減への取り組みの影響

 取次書店間のいわゆるインペナ契約(返品率によるインセンティブとペナルティ)が定着してきたことで、特にチェーン書店では返品率を目標に設定することが多くなった。このときに、書店がとる対策として最も簡単なのは入荷を抑えることである。そのため、注文を抑えたいという店が増えてきた。
 「足で稼ぐ営業」スタイルはこの影響を真正面から受けている。これは死筋排除という点で合理的な判断だが、年に一回転程度するところを欠品補充で支えていくような、「足で稼ぐ」語学系商品にとっては一気に苦しくなる展開。最盛期の三分の一程度の注文量になっているところもある。
 出版社によってはもはや書店営業をコストと考えていくところもあるが、語研のような出版社にとっては、足で稼いでなんとか店頭在庫を確保しないと厳しい状況である。

2.営業対象書店の減少による書店(訪問)営業への影響

 現在社内のタイムカード・日報システムでは書店の閉店情報をトップで共有しているが、非常に速いスピードで閉店が進んでいる。一昔前は、閉店と言っても小規模店が減る一方で大規模店が増えていたので、専門出版社にはあまり影響がなかった。最近は大型店の閉鎖が増えてきており、開店数も減少してきている。特に影響が大きいのは、駅前で手堅くやっていた200~300坪の書店の閉店で、専門出版社への影響は非常に大きい。
 出版社営業に対して好意的な店と、オペレーション上対応できないので来ないでほしいという店ははっきり分かれる。前者に多かったのが、200坪程度の手堅い店だったが、まめに通っていた店が閉店している。その代りに営業をかけられる店がないという地域も増えてきている。本部や取次を使ってアピールする方法もあるが、それは単品売りに効果的な働きかけ。棚にアイテム数があって売れるという商品には厳しい状況にある。

3.直取引と直販の可能性

 書店への直取引、読者への直販、どちらもプラス・マイナスがある。語研は直取引は殆どやっていない。また、直販での売上もごくわずかしかない。
 直取引をやっているところは、何らかの外部のサービスなどをうまく使っていないと、手間や送料でかなりの負担を抱えているはず。特に運賃・送料値上げのダメージは大きい。トランスビューはこの点を非常にシビアに見て戦略を立てているだろう。今後は送料値上げを吸収できる売上をどう取るか、語研はそこが厳しいと判断しているため、積極的ではない。
 一方の直販は、専門系出版社には昔から多かった。しかし、読者の高齢化という問題がある。特に歴史関係などは、減少分を補える新規顧客を継続的に獲得するのは厳しい。そこで、電子図書館的な会員制サイトにシフトしようとする会社も増えているようだ。

4.電子書籍の可能性

 いま定着しつつある電子書籍の一部売りは、長い目で見るとやはり限界があるのではないか。例えば音楽業界でもシングル販売がなくなっていくような動きを見ることができる。音声は語研もダウンロード販売を行っているが、それほど売れてはいない。書籍の内容に関連する音声の無料ダウンロードも行っているが、これがNHKの語学テキストのように販売に直結しているかは未知数。
 ただし、「音声はWebからダウンロードしてください」という手法は、CDなどを付ける必要がないので判型が自由になり、製作コストが抑えられるという意義はある。特に学習参考書、単語帳などにすばやく取り入れられている。学参は高いと売れないという問題をうまくクリアしている戦略だろう。
 語研は、商材としては実は音声がメインで、テキストはおまけという売り方だった。無料ダウンロードで音声に値段が付けられなくなる。マイナー言語だと吹き込みだけで結構なコストがかかるが、商品の価格に直接載せられないという状況になりつつある。しかし流れとしては逆らえないだろうとも考えている。
 

5.広告媒体としての雑誌媒体の凋落と、代替の媒体の模索

 現在はタッチポイントの設定が難しい。書店が減って書籍と読者が触れる場が減っているが、ネット上だとそもそも設定が意外に少ない。オンライン書店の外側にいかにタッチポイントを作るかが重要。アマゾンはアフィリエイトを使いやすくしたために、Web上(ブログなど)に多くのタッチポイントを作ることができた。しかし、よく売れるコミックが低価格であること、料率の低さなどからアフィリエイトにも課題はある。
 語研ではアフィリエイトの料率を25%に設定したプログラムを始めている。そういうサービスがあったので乗っている部分もあるが、ある意味書店の粗利にも近い。書店のサイトから語研の書籍が売れれば同じ収入になるという事も考えられる。
 一方で従来型の媒体は凋落している。新聞は、読者に向けては以前ほどはっきりとした効果は感じられない。また語学雑誌は非常に速いスピードで減っており、手頃な金額で広告を出せる媒体が減ってきている。今のところは解がなく、媒体を模索中である。

6.自社サイトの運用とSNSなどへの取組

 語研のサイトは商品データベースと直結する形で作っている。無料音声目当ての訪問が少なくない。各社が作っているサイトには以下の通り、大きく4つのパターンがあると考えている。
  ・名刺代わりの更新しないサイト
  ・カタログサイト、商品を紹介
  ・自社媒体に近い連載や企画を載せるサイト
  ・メディアとして影響力を持つWebサイト
 更新をほとんどしない簡単なサイトを名刺代わりに置くのは良い判断だと思う。せっかくだからとコンテンツを増やすと、更新や維持管理にランニングコストがかかるようになる。どこまで手を抜くかというのも重要な判断である。
 ただし語研は記事的なコンテンツを充実させようと考えている。多くの中小出版社のサイトは文字・情報量ともに少ないので、コンテンツを増やすことでアクセスを増やせるはずだと考えている。他にはTwitter、FacebookなどのSNSがあり、無料という点もあり使っていきたい。最初の課題はフォロワーを増やすこと。フォロワーが少ないと何をやっても響かない。SNS好きな人が社内にいればやってもらえばいいのだが、仕事の合間にやってよというと嫌がられるのも現実だろう。

7.近刊情報の登録と書籍進行委員会経由での発売日の予約、書籍制作業務フローの見直し

 これは多くの出版社にとって急な話だと思うが、日本出版取次協会から、出版情報登録センター(JPRO)にかなり早い時期に発売日を登録して、取協の書籍進行委員会に予約をしてほしいというお願いが来た。これまでは中3日の書籍進行だったものが、それよりかなり早い時期に発売日決定というのは大変化ではある。出版社の対応は分かれるだろう。
 語研はかなり出版スケジュールにルーズな会社だったが、絶対大丈夫という段階で2ヶ月後に販売というフローに変える。外圧によってフローが変わり、スケジュールが立てやすくなる部分もある。告知宣伝にも時間をかけられるので、事前予約はもっと取れるだろいという話もしている。一方で、編集に対しては明らかにプレッシャーとなる。その点を考えれば、今までと同様の中3日の進行で行きたいのも事実である。
 アメリカ型の半期予約式になるのか、新たなシステムになるのか、これから予断を許さない状況だが業務フローが大きく変わるのは確か。これから多くの出版社がこれから対応を考えなければならない問題である。

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 記念すべき第一回として、語研の高島会員に報告いただいた。中小規模の専門版元からみた、大規模流通とはまた違った現実について具体的に語っていただき、第一回にふさわしい内容となったと思う。またJPROへの45日前登録の問題は、今後の出版産業の姿を大きく変える可能性を持っている。出版産業研究部会としても、今後もこの問題と業界の変化について議論を深めていきたいと考えている。

日時: 2018年10月3日(水) 午後6時30分~8時30分
場所: 日本大学法学部三崎町キャンパス 10号館6階1063講堂
参加者: 21名(会員15名、一般6名)

(文責:鈴木親彦)