『出版社の100年と私の50年』 下村 昭夫 (2014年9月26日)

▲ 出版編集研究部会発表要旨(2014年9月26日)


『出版社の100年と私の50年』


=表現の自由と出版規制の軌跡=

下村 昭夫

 今年で、編集生活53年になるという出版メディアパル編集長の下村昭夫会員(元・オーム社。雑誌局に41年間勤務)に「100年を生き抜いた出版社の歩み」と、その軌跡を語っていただきました。
(会場は日本大学法学部。参加者会員12名・会員外6名、計18名)

<報告の骨子>(文中、敬称略)
 近代日本の出版の始まりは、1867年の『西洋事情』や1873年の『明六雑誌』にその嚆矢を見ることが出来るが、明治初期に生まれた出版社は、丸善や吉川弘文館(1869年)金原出版(1875年)、有斐閣(1877年)、南江堂(1879年)三省堂(1881年)河出書房(1885年)などがあげられる。
 出版は、生まれたときから「表現の自由と言論抑圧」のはざまの中で苦難の道を歩んできたと言える。1869年には「出版条例」が制定され、93年「出版法」に改正され、出版規制を強める。明治政府は、「一定の出版の自由の保障と規制強化」を同時進行で行ったということが出来る。
 「出版条例」では、奥付けに「出版者・著者、印刷者の明記」の義務化導入し、「出版法」では、「納本・検閲制度」の制定などを行い、治安維持法の制定ともに言論統制・思想統制を強化していく。

<博文館の歩み>
 1887年に 大橋佐平によって設立された博文館は、近代出版の歩みの中でも特筆される。集録雑誌『日本大家論集』を刊行、出版、取次、小売、印刷、広告の統合する近代的出版社の誕生といえる。
1890年には、東京堂を創業、翌年卸売業を始め、日配統合まで「四大取次」の第一位を占める。1897年10周年記念事業として「博文館印刷所」(後の「共同印刷」)などを設立。1902年博文館15周年記念事業として「大橋図書館」開設(現在の「三康図書館」)している。
<講談社の歩み>
 1909年に、野間清治によって、大日本雄辯會が創業される。1910年には、弁論雑誌『雄辯(雄弁)』を創刊、1911年には、講談社を創業。雑誌『講談倶楽部』を創刊、1914年には「面白くてためになる」を社是に『キング』を創刊。1925年ごろには、爆発的大ヒットとなり、1928年には150万部を突破。「雑誌王国」講談社が確立する。
<岩波書店の歩み>
 1913年8月に岩波茂雄によって、古本業岩波書店が創業される。翌1914年、夏目漱石『こころ』を刊行。出版社として歩み始め、1921年には、『思想』創刊。1927年に『岩波文庫』創刊。1938年には『岩波新書』創刊と続く。1955年には、『広辞苑』初版が刊行される。2013年に100周年を迎え、新しい1世紀へのスタートを切った。
<平凡社の歩み>
 1914年6月に『や、此は便利だ』で有名になった下中弥三郎が平凡社を創業。1927年 には『現代大衆文学全集』60巻の刊行開始。円本時代の一角を築く。1928年 『大百科事典』全28巻刊行を発表(1934年完結)し、百科事典の平凡社の名を不動のものにする。100周年を迎えた同社の3本の柱は「百科事典・東洋文庫・別冊太陽」と言える。
<オーム社の歩み>
 1914年11月1日、廣田精一らによって設立。電気雑誌『OHM』(オーム)誌創刊。電機学校(1907年設立、現在の東京電機大学の前身)の出版部から分離独立し生まれた。創刊の辞に『オームは抵抗を聯想せしむ。吾人は吾人の進路に頑強なる抵抗障礙を豫期す。然れども吾人は踏み慣らされたる坦々たる道路を歩むを欲せず。必ず新道を開拓し帝國特有の學術を樹立せんとす』とある。創刊100年周年を迎える11月号で通巻1265号の長寿雑誌となる。積み重ねてきた書籍は、1万1150点を数える。
 社名は、電気工学の基礎を築いたドイツの物理学者ゲオルク・ジーモン・オームに由来するが、創刊に尽くした廣田精一(H)を中心に電機学校の初代校長扇本真吉(O)、丸山莠三(M)教頭の三人の頭文字を並べ、社名としたとも伝えられている。
1922年に株式会社となり、新生オーム社の誕生となる。戦後は、1事業体・2社制度を敷き、製作部門のオーム社と販売・小売部門のオーム社書店に別れ発展し、1981年に対等合併し、現在のオーム社になる。
 出版文化国際交流会の設立に貢献した田中剛三郎は、オーム社の社長。工学書協会の設立・運営に尽力した須長文夫は、オーム社書店の社長である。古くから「責任販売制」を唱え、専門書の地歩を固めた。
 1972年のブック・スト(ブック戦争)では、高正味出版の代表格として、「書店の不買商品リスト」に名を連ねた事もある。
60年代の高度成長・技術革新とともに歩み、時代とともに生きてきたといえるが、昨今は、出版界全体の苦境の中、専門書出版社は軒並み、厳しい時代を迎えている。
 60年代のオーム社を語る著書がある。一つは、日本エディタースクール出版部から発行された『出版販売の実際』(須長文夫・相田良雄 ・柴田信共著)である。エディタースクールの講義録を編纂した書籍で、オン・デマンド版は今でも購入できる。
もう一つは、当時のオーム社書店営業部長であった下村彦四郎(元・会員)の『棚の生理学』シリーズ3部作である(出版メディアパルから新装版が発行されている)。
 専門書の販売に欠かせない「常備・単品管理」など、出版販売の実務の実際「出版物の販売という形のない技術」を解説した実務書である。その考え方はコンピュータ時代の出版販売に今でも有効である。
 100年を生き延びた出版社の歴史は、あまりにも重い。その歴史を引き継いで、新しい道を切り拓き歩み始めている。

なお、報告の後半部分「表現の自由と出版規制」の部分については、添付ファイルをご参照いただければ幸いです。
(文責:出版編集研究部会)