■出版法制研究部会・出版流通研究部会(共催) 報告「表現の自由と出版規制」

■出版法制研究部会・出版流通研究部会(共催) 報告(2015年4月28日)

 「表現の自由と出版規制」をめぐる緊急レポート

 安倍政権の本格的な「軍事国家化づくり」が着々と進んできています。もはや取り返しがきかない事態になりそうな雰囲気すら生まれています。メディア規制どころかメディア支配ができているとさえ言え、テレビや新聞、雑誌の報道・取材の現場では、抵抗できない状況が生まれてきています。果たして、このままでよいのでしょうか? 
報告者は、昨年の8月に引き続き、出版協議会議長の山了吉さんにお願いいたしました。
(参加者は会員17名、一般9名の計26名、会場は日本大学法学部4号館会議室)


<報告骨子>

戦後70年「安倍談話」のウラの本音を衝く! 

出版倫理問題協議会議長 山 了吉

 ―安倍政権が掲げる国家目標=「戦後レジームからの脱却」は、平和憲法の下で築かれた

「自由な言論」「「平等な社会」を、「管理・統制型の社会・国家」へ変えることか?―

 2015年(平成27年度)の通常国会が始まり、「集団的自衛権」に基づく「安保法制化」が日米で動き出した。戦後70年の今夏、安倍首相の「談話(見解)」が、注目されている。そこでまず、安倍政権が目指す国家形態、憲法改正抜きでの新たな軍事的な法制化に触れておきたい。
その前提になるのが、70年以上前から中国、東南アジアへ侵攻した大日本帝国の戦争の実態だろう。この4月天皇・皇后が訪れた慰霊の地・パラオ共和国、ペリリュ―島の戦い。“天皇の島”と呼ばれるこの島をめぐる戦闘は、米軍の被害もさることながら、全員が死を覚悟した日本軍の戦い方が米国軍人を震え上がらせた。
 戦争とは究極の殺人行為で、殺すか殺されるか、兵士という凶器が爆裂するのが戦場で、この島の戦いは壮絶を極めた。また第二次世界大戦のほとんどを占めた戦いこそ、ナチスドイツとソ連の戦いで、独ソ戦は、人類史上、まさに空前絶後の戦闘で、ソ連側の戦死者は2000万人にも及ぶとされる。国民の4人にひとりが亡くなっている計算だ。ドイツの犠牲者は900万人、ポーランドは600万人、中国は1000万人、日本は300万人という。ちなみにイギリス、フランス、米国の死者数は、どの国も50万人にも達していない。戦死者の数がすべてではないが、この数字が第二次世界大戦の実相をある程度は教えてくれよう。
 これらは、私が編集者として約10年間にわたり、第二次世界大戦を国内外で取材し、資料を集めてきた経験の報告でもある。戦後70年間、戦場で兵士として一人も戦死していない、殺していない稀有な国家の価値は大きい。まさに平和憲法のたまものである。ところが、この憲法もすぐ国民に浸透したわけではない。米国による占領7年の間、東西冷戦下、朝鮮戦争の勃発で、米軍(国連軍)の兵站基地化、特需景気に湧く一方、国内での様々な分野でレッドパージ、公職追放の圧政が吹き荒れた。東西冷戦下の“ひずみ”が直接国民に襲ってきたわけだ。結局、大日本帝国のアジア侵略の軍国主義、植民地支配の原理、思想は、根底からの批判や反省はなされず、責任も徹底的にはとらされず、今日まで来てしまったのが真相であろう。
 ドイツのメルケル首相が、ナチス思想の全否定、猛省、謝罪を諸外国に向けて行ったこととの違いは明らかだ。しかし現在では、NATO軍の下、ドイツやイタリア、それに旧ワルシャワ条約機構に属していた国々までもが、アフガニスタン、イラクの戦争に自国の軍を派遣し、多くの戦死者を出している。米国の戦略で、世界の戦争に動員される実態が、浮き彫りになっている。しかも戦場からの帰還兵の心の病は、尋常ではない。米国の帰還兵の自殺者は年間250名にのぼるという。ドイツでも帰還兵の心の病は、社会問題化している。
 安倍政権による矢継ぎ早の施策、「日本版NSC(国家安全保障会議)」「特定秘密保護法」「集団的自衛権による安保法制化」そして「憲法改正」への動きは、予断を許さない段階に来ている。その思想、主義、方向性をわかりやすくとらえるなら、2011年春に出された「自民党新憲法改正草案」と第1次安倍政権が掲げた政策であろう。つまり、天皇元首、国防軍創設、国家あっての国民主権、緊急事態時、首相一任体制など中央集権国家体制への現行憲法の改正。「戦後レジームからの脱却」「積極的平和主義」――これらは戦後70年間の国家、国民の在り方を根底から見直す、国益主義というか、公益と治安優先国家構想とも呼ぶべき国家観が示されている。
 その裏付けになるのは、現内閣の閣僚ポストに14名に及ぶ閣僚を輩出している団体、「日本会議」と「創生日本」のメンバーであろう。この二つの団体が掲げる理念は、古き良き日本のモラルへの回帰や儒教的な家族観、靖国神社への参拝などなど、伝統保守主義ともいえるものである。そこに、安倍首相の祖父・岸信介の思想を見ることもできる。「帝国日本によるアジア諸国への侵略行為」を全く認めようとしないことや中国、朝鮮への侵攻による国民同化政策による弾圧行為さえなかったとする安倍史観、元をたどれば、“二キ三スケ(東条英機、星野直樹、松岡洋右、鮎川義介、岸信介)”とまで称された満州帝国の実質権力者・岸信介の思想「五族協和」「王道楽土」「八紘一宇」などの世界観に根差しているともいえよう。その具体的な達成に欠かせないのが、主力メディアの協力、そこで、大新聞、NHK、民放各社のトップ、有力評論家諸氏との会合や会食、ゴルフには余念がない。
 メディア管理・統制、取材抑制で布石を打ち、治安、公益最優先国家構想実現のために突っ走るというのが、安倍政権の本質であろう。今国会で成立が予想される法案は、安保法制化のみならず、「個人情報保護法」の大改正、「通信傍受法(盗聴法)」の大幅拡大、刑事司法での司法取引の創設、などなど国家改造計画が目白押しである。
 まず、国家があって国民がいるのではなく、国民がいて国家がある、という民主主義の基本構造を変えるような憲法の改正は断じてあってはならない。また非軍事化、自由と個々人の人権尊重こそが国家の行く末であって、国防軍の創設、個人を単なる一般的な人に変える憲法の発想自体に、新たな国家主義が見え隠れしている。
 安倍政権の国家改造のスピードに今すぐ歯止めが必要といえよう。
 

(文責:出版倫理協議会議長 山 了吉)