第41回日本出版学会賞 (2019年度)

2020年 5月 23日(土曜日) 17:34
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第41回 日本出版学会賞審査報告


 第41回日本出版学会賞の審査は、「出版の調査・研究の領域」における著書および論文を対象に、「日本出版学会賞要綱」および「日本出版学会賞審査細則」に基づいて行われた。今回は2019年1月1日から同年12月31日までに刊行・発表された著作を対象に審査を行い、審査委員会は2020年2月17日、3月20日の2回開催された。審査は、出版学会会員からの自薦他薦の候補作と古山悟由会員が作成した出版関係の著作および論文のリストに基づいて行われ、その結果、日本出版学会賞2点、同奨励賞2点、同特別賞1点を決定した。
 なお、日本出版学会関西部会編『出版史研究へのアプローチ――書物・雑誌・新聞をめぐる5章』は、「研究の手引」的な書物なので、学会賞の候補作とはしないが、方法論や研究における資料収集の技法は、きわめて有用であり、学会の今後の研究活動に進展に資する著作と認められるものである。



【日本出版学会賞】

稲岡勝 著
『明治出版史上の金港堂――社史のない出版社「史」の試み』
(皓星社)

[審査結果]
 本書は、教科書出版で知られる明治の出版社「金港堂」の活動を、雑誌、新聞記事、東京都立公文書館の公文書や、会社の定款・内規、さらに個人蔵の出版契約書などをもとに描き出したものである。教科書疑獄の問題も含めて、金港堂の出版活動は、編集、流通や販売など、出版史上の重要な論点と不可分に関わっているが、従来、金港堂は出版通史のなかで簡単に触れられる程度で、また巷間伝わる情報にも誤りが多かった。それらを史料の吟味によって正し、一つの像を提示したことは本書の意義の一つであるが、第一部と第二部において、出版史研究の方法論の次元を引き上げようとする著者の意図が明瞭に(しばしば鋭い舌鋒を伴って)説かれている点も重要である。副題「社史のない出版社「史」」の試み」は、1980年に発表された著者の論考の副題である。本書には改定後の新稿が収められているが、断片的な史料に依拠しがちな出版史研究のなかでいかに基礎を固めるかという点にこだわった著者の問題意識は今なお古びていない。今回、一冊の本の形で公刊されたことは、今後の近代出版史研究にとって大きな意味を持つものといえ、日本出版学会賞に相応しいものと考える。



【日本出版学会賞】

大和博幸 著
『江戸期の広域出版流通』
(新典社)

[審査結果]
 従来の近世出版史は三都にある書肆の研究が中心であり、地方は天明・寛政年間(1781-1801)以降に地方版が版行されたというのが通説であった。
 第一章では「地方出版活動動向表」・「広域出版流通動向表」など、一次史料を元にした数種の表を著者は作成し、通説でいわれている天明・寛政年間より以前から地方出版が活発に行われていたことを明らかにした。さらに三都で出版された本は従来指摘されていた十九世紀に入ってからではなく、十七世紀半ばごろから広く地方に流通され始め、十八世紀半ばまでには広域流通網が根付いたことを明らかにしている。第二章では、地方本屋の個別事例に即して、その実態を明らかにしている。
 このように著者の研究は、一次史料に基づいた実証性の高いものと評価でき、近世出版史研究に多大な影響を与えた学術書として、日本出版学会賞にふさわしいものと判断した。



【奨励賞】

山森宙史 著
『「コミックス」のメディア史――モノとしての戦後マンガとその行方』
(青弓社)

[審査結果]
 本書は「マンガ」という表現形態を問うのではなく、出版物として生産・流通・消費されている「出版メディアとしてのマンガ」を取り上げている。そこではコミックスというコンテンツの容れ物(コンテナ)に注目し、「コミックスとは一体どのような出版メディアなのか」を問いかけている。
 コミックスがマンガ固有の出版メディアとして認識される過程を、生産、流通、消費ごとに歴史的成立経緯を中心にして出版産業論や読書論の枠組みで捉え、資料を丁寧に掘り起こしている。終章で、マンガコンテンツのデジタル化が進む中で、紙メディア・出版メディアとしてのマンガの問い直しを大変意欲的に試みているが、この点については、筆者の次の研究成果を期待したい。以上のことから、日本出版学会賞奨励賞にふさわしいものと判断した。



【奨励賞】

巽由樹子 著
『ツァーリと大衆――近代ロシアの読書の社会史』
(東京大学出版会)

[審査結果]
 本研究が分析の対象とするのは、近代ロシアの高級文化を担った「厚い雑誌」と、大衆文化を担った民衆達(ナロード)による「軽い読書」の間に出現した『ニーヴァ』などのいわゆる「絵入り雑誌」である。シャルチエ、ダーントンらの読書の社会史研究ほか多様な手法を参照しながら、これまで啓蒙的な文脈で語られることの多かった近代ロシアの社会史、メディア史を批判的に捉え返して、出版者(社)、著者、読者、インテリゲンツィヤ、ナロード、専制など、当時のロシア社会の様々な行為者の視点からその「読書界」が再構成されていく。
 本研究にしたがえば、近代ロシア社会のブルジョア化にともなって現れた絵入り雑誌というメディアは、当時のロシア社会のいわば中間文化を象徴するような存在ということになろうが、それらはロシア革命後には一旦消滅するも、その後再び隆盛を誇るようになっていったのだという。その盛衰の姿はきわめて興味深く、他の研究領域にも示唆を与えるものであろう。豊富な一次史料の調査に基づく分析も非常に説得的である。
 言及される史料の数々は研究対象として大変魅力的であり、これまであまり論及されることのなかった近代ロシアの出版界に新たな研究の領野を拓いたという点においてもその功績は大きい。今後、隣接する近現代の文化、社会研究にも拡張の可能性を感じさせる非常に優れた研究である。



【特別賞】

金沢文圃閣
(出版活動全般および「文献継承」の発行)

[審査結果]
 金沢に本社をおく同社は、1999年の創業以来、希少な近代出版史関連資料の発掘と復刻に大きく尽力してきた。同時に、「文圃文献類従」シリーズをはじめとする出版物の編纂や解題、機関誌「文献継承」の発行においては、機関・在野を問わず、研究者に執筆機会を提供し、史資料に関する情報の共有につとめている。これらの出版活動には、本学会からも多くの会員が参加して成果をあげており、国内外の研究機関で所蔵される状況にある。
 こうした出版研究への並みならぬ貢献に対し、同社の創業20周年を機に特別賞をもって顕彰したい。