第23回日本出版学会賞 (2001年度)

第23回日本出版学会賞 (2001年度)

 【学会賞】

 (社)全国出版協会・出版科学研究所編
 『出版指標・年報』((社)全国出版協会・出版科学研究所)

 [審査結果]
 (社)全国出版協会・出版科学研究所は,1956年に東販(現トーハン)内に設立され,1969年に(社)全国出版協会に移管したが,会員制で運営され,出版についてのデータ収集と調査・分析を行い,セミナーの開催や各種の出版物を刊行してきた.それらの出版物は,出版業界の動きをデータからとらえた情報誌『出版月報』,全国紙に掲載された出版関連記事をセレクトした新聞切り抜き情報誌『ニュースの索引』,1年間の出版動向をまとめた『出版指標・年報」などの定期刊行物と,『出版セミナー(講演会抄録)』,『雑誌の都道府県別配送量』などであるが,このうち,『出版指標・年報』が今回の受賞作となった.
 この『年報』は,1959年3月に創刊されたが,現在は毎年4月に刊行されている.内容は,「出版指標」「出版業界の動き」「書籍の出版傾向」「書籍統計資料」「雑誌の出版傾向」「雑誌統計資料」「マルチメディア市場の動向」「出版関連資料」「戦後のベストセラーズ」などの章から成るが,統計は取次ルート(弘済会・即売業者を含む)を経由した一般出版物を対象にその流通動態を推計したもので,日本の全出版物を対象にしたものではない.
 そのような制約はあるものの,この『年報』は,全協・出版科学研究所で集め得る限りの統計を集成して分析し,書籍,雑誌の出版傾向について部数を示し,ジャンルを分けて展望し,出版業界の動向を伝えるトピックを整理するなど,出版界の年間動向が的確にとらえられている.また,統計の紹介は販売金額や販売部数など,テーマによっては,1950年から50年余にわたる推移をたどっており,戦後出版の動向も理解できる.そのため,この『年報』は,出版研究のための資料としても高く評価できる.

 [受賞の言葉]

 長年の活動が評価されて  早川友久

 この度は,名誉ある日本出版学会賞を受賞し大変光栄に存じております.忘れもしません.4月半ば「年報」の編集業務で多忙の時でした.「こちらは,日本出版学会ですが,貴研究所の『出版指標・年報』が第23回日本出版学会賞に内定いたしました.おめでとうございます」.会の会長であられる上智大学の植田康夫教授から,嬉しいお知らせの電話があったのでした.
 受賞の対象となったのは年度版の「年報」ですが,これが出来るまでには,日々の数字の積み重ね,月々の出版事象を解説した『出版月報』発刊など,地道な作業があるのです.ですから,今回の受賞は,私たち出版科学研究所の長年の活動が,評価されたものだと解釈しております.
 出版科学研究所は,東販の社史によりますと,昭和31年2月16日に,東京出版販売(現トーハン)の中に設立されたと記録されております.その後,社団法人・全国出版協会からの要請もあって,昭和44年に同会に移管され今日に至っています.
 東販の創業は昭和24年です.企業創業から,まだ6年そこそこの混乱期,明日の糧も事欠く時代に,出版界の諸問題を科学的に検討し,業界全般に寄与することを目的に,当研究所を立ち上げ,運営基金を注ぎ込んだ,当時の東販の経営者の,気宇壮大な発想と先見性,懐の深さには敬服するばかりです.
 当研究所が,マスコミから一番注目を集めたのが,平成9年といわれます.右肩上がりの成長を続けてきた出版界が,初めて前年割れを記録した年です.“マイナス成長”で脚光を浴びたとは何とも皮肉ですが,“不況に強い”という出版神話が,いかに大きかったたかということではないでしょうか.
 今回の受賞も,多くの賛助出版社や読者があってのことです.これからも,出版界の唯一の研究機関として,この賞を励みに,所員一同意を新たに努力し,皆さまの期待に応える所存です.「汗を流していれば誰かが何処かで認めてくれるものだ」と,受賞式に臨みながら思ったのでした.


【学会賞】

 賀川 洋 編
 『出版再生』(文化通信社)

 [審査結果]
 本書は,副題に「アメリカの出版ビジネスから何が見えるか」とあるように,現在,タトル商会社長である著者が,長年,国際出版スペシャリストとしてニューヨークを拠点に活躍してきた体験を基に,アメリカの出版界のメカニズムを分析し解説しながら,今後の日本の出版界が直面している課題が何であるかを論じている.
 著者は,大手出版社のニューヨーク駐在員を経て,1988年に現地で独立し,出版関係の仕事以外にも,国際企業での人材育成,組織開発などコンサルタントとして,日米,アジアの企業の海外進出にも貢献し,99年に日本の洋書取次の老舗であるタトル商会の買収に参画して同社社長となり,日本での洋書の普及,出版構造の改革などにとりくんでいる.本書には,その体験が生かされているが,単なる体験記ではなく,冷静な観察によって,アメリカの出版事情の優れたレポートとなっている.
 アメリカの出版流通システムや営業活動,書店ビジネス,編集者と著者との関係,出版事業の世界戦略,デジタル時代のアメリカ出版事情など,多様な問題が報告され,最終章で,日本出版界への6つの提案が行われているが,章と章との間にアメリカの出版業界におけるディスカウントの概念をはじめ,いろいろな現状を解説したコラムも設けられ,理解を助けている.そして,巻末では用語解説も行われているが,文章も明解で,アメリカの出版事情に詳しくない者でも抵抗感なく読める.
 そして,日本の出版界への提案は,「データと資料の公開によるアドバンス・セールス・レポート・システム」に始まり,「出版社による自己アピール」まで,これまでの日本の出版界があまり努力してこなかった問題にとりくむことによって,出版の再生をはかるべきであるというアドバイスを行っているが,具体的な提案で説得力がある.

 [受賞の言葉]

 受賞の言葉  賀川 洋

 この度,光栄にも「出版再生」の執筆により,出版学会賞を頂戴し,改めて関係者の方々,そして出版元である文化通信の方々にお礼を申し上げたい.
 出版不況といわれる昨今,人によっては出版は斜陽産業というレッテルをはっているほどで,出版人としては実に嘆かわしい状態が続いている.
 私はよく昭和30年代の映画産業を思い出す.テレビが普及し,誰も映画を見るものはいなくなると,映画産業は斜陽産業と評価され,それによって業績不振に追い込まれた映画会社もいくつかあった.
 しかし,あのハリウッドにみられるように,映画は広範な支持を受け,今なお健在である.斜陽という評価で産業そのものを破壊していった日本と比べれば,羨ましいかぎりである.
 映画は,テレビとの共存の道を歩み,テレビやビデオ,さらには飛行機での旅行客向けの放映権の販売など,直接利益を超えた様々なルートへのコンテンツの販売によって,さらに業績を伸ばしてゆく.一見競争相手とみられたテレビなどの新手のメディアを敢えて受け入れ,共に発展する方途を選択したのである.
 出版は,今インターネットなどのニューメディアと対立しているとみられがちだが,これからはまさに映画産業が辿ったと同じような,競合相手とみられるものとの協調,同盟の道を模索しなければならないだろう.また,今まで以上に読者や世の中の動きに柔軟に対応しなければならなくなるだろう.
 人が情報を欲し,それを読むという行為が,今後も変化することはない.ただ,読み方が変化する.読む道具も変化するだろう.外へ開かれ,読者のニーズに敏感な出版活動なくしては,こうした変化を自らの中に取込み,ハリウッド映画のような再生のドラマを創造することは難しい.
 そうした意味で,まず狭い日本から目を海外に向けて,外国では出版がどのように変化し,産業として生き抜いているかを知ることも重要だ.私はそうした気持ちをもって,「出版再生」を書いてみた.
 今後も,日本の出版再生のために微力ながら,なんらかの貢献ができれば本望である.


【特別賞】

 印刷博物誌編纂委員会編集
 『印刷博物誌』(凸版印刷株式会社)

 [審査結果]
 凸版印刷株式会社では,創立百周年の記念事業として,2000年に印刷博物館を開館したが,それと共に,印刷文化のすべてを記録するという目的で『印刷博物誌』の刊行を企画,編纂委員会(粟津潔委員長)を組織して編集にとりくみ,2001年に刊行した.編集長は樺山紘一が務めたが,樺山氏は「『印刷博物誌』がめざすもの」という同書の巻頭の言葉で,「人類が印刷という行為にむけてはらった大いなる営為を,すべてにわたって集約することから,この書物は『印刷文化史百科全書』とも名づけられる」とのべている.
 この言葉が語るように,本書は,第1部・印刷文明の考察,第2部・印刷文化と社会,第3部・印刷の科学と技術,第4部・資料編,付録という構成で,印刷文化史に関する広範な事象を論じ,解説しているが,その視野は,世界的規模で壮大な広がりを持っており,時間軸も遠い過去から未来にまで及び,印刷文化を中心に据えた文明論あるいは文明史としての趣を持っている.
 そのような内容を反映して執筆者も多岐にわたっているが,第1部では,李御寧,福永光司,マーティン・デイヴィス,ロジェ・シヤルチエ,ノルベルト・ボルツ,ポール・レヴィンソン,ベルント・カイザー氏らが印刷文明について多角的に論じ,第2部以降は,それぞれの項目にふさわしい執筆者によって,印刷文化史の百科全書的な機能を果たす記述が行われている.出版文化と深く関わる印刷文化の1000頁以上に及ぶ大部な『博物誌』の刊行に対し,日本出版学会賞の特別賞を授与することとした.

 [受賞の言葉]

 特別賞受賞の言葉  粟津 潔

 このたび,日本出版学会創立10周年にあたり日本出版学会賞・特別賞の受賞の栄に浴し誠に光栄なことと,深く感謝いたしております.
 『印刷博物誌』は,凸版印刷株式会社創立百周年記念事業のひとつとして出版したものでありますが,また同時に共通する主旨に基づく「印刷博物館」設立の事業があり,双方向のプロジェクトでありました.編纂委員会は,1966年設立,編集長樺山紘一氏,合庭惇氏,山本隆太郎氏,藤田弘道氏と私の5名と,編集協力として,佐川美智子氏,西野嘉章氏,松枝至氏,宮下志朗氏の9名によって編集内容及び全350項目を創出し,第1部=印刷文明の考察,第2部=印刷の文化と社会,第3部=印刷の科学と技術,第4部=資料編,の4部構成としました.
 編集長樺山紘一氏は,本書冒頭の論文を〈『印刷博物誌』がめざすもの〉とし,「印刷の百科全書へ」「グーテンベルク・パラダイムのあとさき」「原-印刷とアジアの可能性」「超-印刷の世界へ」「印刷の営みと技術」「コミュニケーション行為としての印刷」「印刷という仕事と産業」「21世紀への展望と期待」「本書の構成」の各論によって,『印刷博物誌』の総体的なコンテンツを示しております.また,本書第1部,印刷文明の考察では,「印刷の欲望の根源にあるもの―印刷文化の東と西」李御寧著.「道教と印刷文化」福永光司著.グーテンベルク銀河系の誕生」マーティン・ディヴィス著,合庭惇訳.「出版と読書」ロジェ・シャルチエ著,宮下志朗訳.「グーテンベルク銀河系の終焉」ノルベルト・ボルツ著,三島健一訳.「デジタル時代のマクルーハン-20世紀は21世紀とリンクする」ポール・レヴィンソン著,合庭惇訳.「20世紀の科学技術と印刷」ベルント・カイザー著,合庭惇・河野通共訳などの論文を掲載し『印刷博物誌』の巻頭を飾らせていただいたことは大きな喜びでありました.執筆には120名の皆様に健筆をふるっていただき,図版2500点,総頁1216の大冊となり,2001年6月に上梓しました.
 このたびの「日本出版学会賞・特別賞」は印刷博物館運営にとって大いなる励みになると共に,今後,広く皆様の研究活動に資することが出来るものと確信している次第です.
*本書は,印刷博物館・ライブラリーで常時閲覧できます.

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