『メディア企業のデジタル戦略』  植村八潮 (会報123号 2009年1月)

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■ 『メディア企業のデジタル戦略』 (会報123号 2009年1月)


   植村八潮

 第1回アジア太平洋デジタル雑誌国際会議に参加し,いくつかの報告を聞くとともにセッションの一つである「デジタル時代の著作権」の司会を担当した。欧米に後れを取ったが日本の雑誌出版社もデジタル化に本格対応している。今やデジタルビジネスへの参加に疑いを持つ者はなく,むしろ乗り遅れたら雑誌は生き残れない,という雰囲気すら会場には流れていた。その認識については欧米やアジア諸国と日本に違いはないし,報告者と参加者の間でも共有されていたと思う。熱心な日本の報告に満足するものもあった。その上で,筆者が気になったのは,日本と欧米の間にある「デジタル戦略の違い」である。
 大会テーマである「紙とデジタルの融合」には複数の戦略がある。わかりやすいのは,紙の雑誌のデジタル化である。大会概要に「雑誌はデジタルとは無縁どころか,いかにしてデジタルと協調していくかということに直面しています」とあるのは,このことである。デジタルに頼らざるを得ない日本の現状を正直に反映している。
 一方,デジタルとして生み出されたコンテンツを紙メディアで活用する逆の戦略もある。魔法のiらんどがケータイ小説の書籍化に取り組んでいる手法である。デジタルコンテンツの販売が困難でも,安定的な出版ビジネスにより収益を得ることができる。
 デジタルにしてみればコンテンツはなにも雑誌だけではなく,親和性のより高いコンテンツもあるのだ。紙メディアの特性に依存した雑誌の要素が,ときにデジタルビジネスの阻害要因となることはないだろうか。紙メディアで育った人間に,本当にデジタルビジネスがわかるのか,と問うこともできる。この点を明確に指摘したのが,中央m & b(韓国)ジョン・ウー・キル社長である。オンラインとオフラインは違う分野であって,デジタル文化に精通した人材を採用して取り組んでいるという。メディア企業としてデジタルビジネスの取り組む際に,従来のメディアの延長ではとらえないという意味と理解した。
 欧米の戦略も主流はここにあり,アジア諸国が追随しているといえる。一方,日本では,デジタルコンテンツにも雑誌編集者のこだわりを反映させている。セッションの一つで,「読者のアクセス数に連動してコンテンツを変化させていて,ブランド維持できるのか」という司会者の問に対し,日米の報告者は明確な戦略の相違をみせた。日本に共通するのは「雑誌ブランドを維持しつつウェブに展開していく」というモデルである。一方,米国メレディス社のジョン・S・ツィーザー氏は「ユーザーの要求に常に答え続けることがブランドの維持につながる」と回答し,ユーザー志向型メディアを「サービスジャーナリズム」と表現した。デジタル化こそが,この理念の実現ととらえているのだ。
 出版社や新聞社で伝統的に編集者の権限が強いのは,日米欧とも共通だろう。近代のメディア企業がプロダクトアウト(作り手発想)により地位と信頼性を確立してきたことは間違いない。マーケットイン(顧客志向)の発想は市場主義とも取られ,メディアの商業主義化の中で批判されることもある。しかし,プロダクトアウトがともすれば自らのノウハウ(技術)にこだわるあまり,変化を見落としがちとも言われる。デジタルビジネスで成功しているメディア企業にマーケットインが定着しているとしたら,そして従来型メディア企業の多くがデジタルビジネスで成果を出せないでいるのは,その戦略に根本的な誤りはないだろうか。
 日本の出版文化に根ざした独自の世界戦略なのか,デジタル文化を理解しない戦略ミスなのか。プロダクトアウトとマーケットインのどちらが正しいという問題ではない。ただ,日本のメディア企業が,デジタル化しさえすれば欧米にキャッチアップできると思っていたら危険だろう。デジタル雑誌国際会議で学んだことは,デジタル戦略の「多様性」と「相違」であり,今はその有効性を検証すべき時である。
(日本出版学会副会長、東京電機大学出版局局長)
(初出紙:『文化通信』2008年12月1日,『会報123号』2009年1月から収録)

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