シンポジウム 「出版史研究の史料とその方法」 (2017年12月2日)

《シンポジウム》 出版史研究の史料とその方法

パネリスト
  中川裕美(岐阜聖徳学園大学)
  日比嘉高(名古屋大学)
  牧 義之(長野県短期大学)
討論者
  浅岡邦雄(中京大学)
司会
  柴野京子(上智大学)

 出版史資料については、近年、春秋の研究発表会および各部会等で、活発に議論が続けられている.今回は、開催地である名古屋にゆかりのある会員を中心に、いくつかの方向から具体的な素材を提示し、さらに先行研究者との往還から論点やヒントを拡げていくことを目的として、シンポジウムを企画した.
 最初にコーディネーターから企画の趣旨を説明したのち、3名のパネリストがそれぞれ20分程度の発表を行い、コメントおよび浅岡邦雄氏への登壇者・フロアからの質問応答で進行した.

〈発表概要〉

◎中川裕美
 「語られた歴史」の取り扱い方

 中川氏は、出版史料における「語られた歴史」の取り扱いをテーマに2つの論点を提示した.まず、参照されることの多い社史や著名な編者による各種の回顧録の利用に関して、発行部数のようなデータや個人の証言など、他にない記述の希少性を認めつつも、その誤謬の可能性について意識的であることの重要性を指摘した.
 いっぽう「書かれたもの」に頼るだけでなく、研究者がインタビュー調査を行うことも必要だが、インタビュイーの誤認や修正は同様に行われうる.さらにこうした調査では、記録である「インタビューノート」そのものにも保存や蓄積、共有の問題が生じる点が提示された.たとえば中川氏は、『少女倶楽部』(講談社)元編集長・丸山昭氏から、『少女』(光文社)初代編集長・黒崎勇氏(いずれも故人)に行ったインタビューのノートを譲り受けたが、扱いが難しいため発表の機会を得られていない.
 また、中川氏自身が編集者や漫画家に行ってきたインタビューも未公表の部分があり、文献資料にとどまらない聞き取り調査の有用性とともに、一次資料としての「インタビューノート」の史料的価値についての検討も必要である、と述べた.
参考:中川裕美「雑誌研究の方法と課題」『愛知淑徳大学現代社会研究科研究報告』11号、2015年、愛知淑徳大学機関リポジトリhttp://hdl.handle.net/10638/5691


◎日比嘉高

「外地小売書店研究の資料について 
 付・台湾の日本統治期関係デジタル資料の紹介」

 日比氏は、外地出版流通の研究で用いた台湾・新高堂に関する資料および、台湾のデジタルアーカイブに含まれる日本統治期の資料を紹介した.
 新高堂については、当事者による回顧録(村﨑長昶『八十年の回顧 記憶をたどって』村﨑敏昶ほか発行、1983年)が存在するが、記載事項の事実関係については、可能な限り当時の新聞と照合するなどして用いている.そのほか遺族保管資料、インタビューからの成果は限られており、多くの情報を新聞雑誌記事、広告、書籍商組合名簿等の同時代関連資料から収集している.ほかに、当該地域に関する各種資料や他地域の外地書店資料、文学作品等を利用した.
 調査の中心になる新聞記事や広告資料に関しては、近年のデジタルアーカイブ化によってアクセシビリティが増しているとして、国立台湾図書館、台湾国家図書館、国史舘台湾文献館、国立台湾大学図書館、中央研究院台湾史研究所案館のデータベースを紹介、日本からアクセスできるものについて、実際にデモも行われた.
参考:日比嘉高「外地書店を追いかける」『文献継承』22-31号、金沢文圃閣、2013-2017年


◎牧義之

「あるかどうか分からない史料と向き合う」

 牧氏は、専門とする検閲関連資料の発掘と活用について、近年の図書館事務資料からの発見事例を中心に発表した.
 検閲研究については、復刻資料のみならず、千代田図書館・京橋図書館の内務省委託本や、国会図書館が所蔵するアメリカ議会図書館からの返還本・特501資料群における内閲の痕跡発見など、出版学会員による新たな知見が多く生み出されている.
 県立長野図書館の事務文書は、2015年の書庫整理で偶然発見されたもので、処分を受けた書目についての警察からの通知等が詳細に記録されている.この資料群が企画展示されたことで牧氏の知るところとなり、研究会が催された.さらに、静岡で発見された検閲関連文書についても、県立長野図書館の平賀研也館長の尽力により、牧氏、同館および千代田図書館職員の3名による調査が実施されている.
 最後に、「あるかどうかわからない史料」に出会うには、アンテナをはりめぐらせて地道に探索していくほかないが、部分的な発見をつないでいくことで、パズルのピースを埋めるように研究対象の全体像も見えてくるのではないか、と結んだ.
参考:県立長野図書館・戦後70年特別企画「発禁 1925-1944;戦時体制下の図書館と知る自由」関連サイト(資料画像有)
 http://www.library.pref.nagano.jp/kikaku_1508

〈コメント・質疑応答〉

◎コメント・浅岡邦雄
 各氏の発表について、下記のようなコメントが述べられた.

・中川氏の発表に関して
 指摘のとおり、社史や回顧録は、事後的な解釈から書かれる可能性に留意しなければならない.頻繁に参照される『博文館五十年史』には誤りが多く、芝公園の三康図書館に残っている稿本の検証も必要.
・日比氏の発表に関して
 外地史料であるがゆえの特徴があるのか関心をもって聞いた.内地の資料とは異なる意味文脈での読み解きが求められるものと思う.
・牧氏の発表に関して
 千代田図書館の内務省委託本は、『千代田図書館八十年史』(1968年)に掲載されているにもかかわらず、注意を払われないまま死蔵されていた.発見の経緯は「北の文庫」66号(「千代田図書館蔵『内務省委託本』再発見の経緯」2017年)に書いたが、図書館の所蔵史料は、図書館員が理解していないケースも少なくない.

◎登壇者から浅岡氏への質問
・資料の信憑性について
 史料をどう探すかとともに、どのように読み解いていくか、信憑性をいかに担保するかが重要である.(浅岡氏は)文脈の異なるもので同じ記述が3つ見つかればよいとすることを原則にしている.
・出版史・史資料研究の今日的課題
 教授している図書館員教育でいえば、書誌探索技術の向上として目録をあたるのはもちろん、人から聞いた情報を実証、活用する技術が求められる.史資料の面では、デジタル化資料と現物資料の利用の見極め、活用可能なオーラルヒストリーの実施と収集、実践的な知の共有、秘蔵資料の研究、などがあげられるだろう.

◎フロアからの質問
・(マンガ研究など新しい分野で顕著な)マニアによるデータベースの学術利用について(山森宙史会員より)
 研究利用には注意が必要だが、熱意ゆえの厳密性を得ている場合もある.裏付けを取るためにも、作成者にじかにコンタクトをとり、話を伺うという手がある.
・図書館との研究連携のすすめかた(山中智省会員より)
 時間をかけて、一緒に勉強していくことだと思う.
・出版史料としての警察史料について
 (磯部敦会員より)
 戦前のものはおそらく残っていないが、個人的に持ち出している可能性はあるかもしれない.千代田図書館の検閲資料の記事を見て、元内務省図書課に勤務していた人物の遺族が連絡してきた、という事例がある.
・『日本出版史料』(日本エディタースクール出版部、全10巻、1995-2005年)刊行の背景について(同上)
 刊行は日本エディタースクールの吉田公彦氏(故人)の尽力による.学会誌である『出版研究』とは別に、インタビューや発掘史料などを集めた史料集にするつもりで始めたが、途中から論文が中心になってしまった.しかし、若手の研究者がすぐれた論考を成果として発表する契機にはなった.

 今回のシンポジウムは、当初の予定より時間を短縮して行うことになったため、フロアとの質疑応答時間も限られた.しかしここまでの中間総括として、世代と研究フィールドをうまく架橋するような議論を共有できたものと思う.今後は、すでに提案されているデータベース製作や、共同テーマ研究のような実践的な取り組みにシフトしていくべきだろう.

(文責:柴野京子)