《特別講演》「大阪で出版業を営むということ――創元社の120年」(2013年10月26日)

《特別講演》 大阪で出版業を営むということ――創元社の120年

矢部敬一
((株)創元社 代表取締役社長)

1.創元社前史…仕事を求め金沢から大阪へ
 金沢で若い時代に金箔師をしていた矢部外次郎が,大阪に職を求め,キリスト教週刊紙「七一雑報」を刊行していた福音社に入社する。熱烈な浄土真宗の信者であったが,同郷の福音社代表今村謙吉氏に導かれ,クリスチャンとなる。

 

2.出版とキリスト教
 矢部外次郎は福音社に勤務しながら,夫婦で小さな書店「矢部青雲堂」を1892年にはじめる。キリスト教書籍の新刊本,中古本,また取次業にも徐々に参入する。今村謙吉氏亡き後,社名をのれん分けしてもらい,福音社として再スタートする。

3.関東大震災から第2次世界大戦敗戦まで
 取り次ぎ業が順調で,会社として大きくなるが,次男であった矢部良策が福音社の一角で文藝出版を開始,創元社としてスタートする。震災で大阪に疎開していた谷崎潤一郎をはじめ多くの作家の本を刊行し,これがヒットする。その後,戦時体制の元,国は日本出版配給会社としてすべての取次を吸収合併,福音社はその時点でなくなった。

4.創元社と東京創元社
 大阪と東京に二つの創元社ができる。東京の創元社はその後東京創元社として発展していく。

5.出版業界の繁栄
 1996年頃まで出版業界全体が大きく成長し続け,特に雑誌や漫画の売り上げが飛躍的に大きくなった。当社も業界の発展と合わせて発展するが,1996年以降は低迷期に入る。

6.デジタルネットワーク社会と出版
 情報がデジタル化,ネットワーク化したために,従来出版業界が担ってきた情報流通の大きな部分が減少をはじめる。グーテンベルク以来の大きな変化が始まり,今もその渦中にある。
 一般の本のことを「紙の本」と呼ばざるを得ない状況が多くなってきていることは確かである。大きな節目としては,2020年に予定されている公立学校への電子教科書配信がある。小さいうちからデジタルデータを端末で読むことに何の抵抗も感じない人が多く出現し始めたら,確実に紙の本の読者は減る。問題はその減り方だが,どちらにしても10年ほどたてば結論が出るだろう。
 我々は今大きな曲がり角を曲がっている渦中にいるので,そこから未来を見通すことも出来ないし,今何が起きているかを正確に理解することも出来ない。
 目の前の問題点はいくらでも挙げることが出来る。しかし,問われているのは非常に本質的なこと,すなわち「本とは何?」「出版とは何?」ということである。キンドルやタブレットがいくら一時的にはやろうと,ハードはすぐに劣化して,次のメディアが登場する。しかし我々が担ってきた出版業,著作者の創作した作品を他の人に伝達するという仕事が無くなるわけではない。
 すべては変わる。しかし変わらないところはどこか。変わらない部分の周辺に新しい業態が出現するのか,全く違う次元のものができてくるのか,最後まで文字は残るのか,言葉は残るのか,この社会はどうなる,などという本質的な話があり,そして目の前の話がある。同時に考えなければならない。ビジネスとしてどれだけの規模になるのか,どの程度の人間がそれに関わることが出来るのか,この辺りがポイントであろうか。
 私としては,変えてはならないもの,変えなければならないものの腑分けをやり続けながら前に進む,そういうことでしかないのかなあと思っています。