巻末書籍広告の板木 松田泰代 (2013年10月 秋季研究発表会)

巻末書籍広告の板木
――芸艸堂(うんそうどう)所蔵『尾陽東壁堂製本畧目録』板木二種

松田泰代
(山口大学人文学部)

 平成24年におこなった芸艸堂所蔵『尾陽東壁堂製本畧目録』の板木調査の結果報告とともに,そこからの分析および考察を発表した。発表時間の都合上,予稿集に記述してあることは割愛し,板木調査から判った要点についてのみの報告になってしまったことを,この紙面をお借りしてお詫び申し上げる。
 発表内容としては,下記の項目を予定していたが,4と5を中心に報告をおこなった。
 1.はじめに
 2.芸艸堂について
 3.東壁(璧)堂永楽屋東四郎の出版活動
 4.芸艸堂所蔵『尾陽東壁堂製本畧目録』の板木二種
 5.『尾陽東壁堂製本畧目録』の変遷
 6.『北齋臨畫』について
 7.おわりに

芸艸堂所蔵『尾陽東壁堂製本畧目録』の板木二種
 『尾陽東壁堂製本畧目録』の板木は12枚存在し,調査前は12枚で1組と思われていたが,調査をおこなった結果6枚1組のものが2セットあることが判明した。板木各部分の測定により,大本用と半紙本用が用意されていたことが判明した。内容に若干の違いは生じているものの,ほぼ同じように入木(埋木)等による改変がなされていた。若干の違いは次のとおりである。
・半紙本用には題字欄下部に「上紙摺薄用摺/御好次第出来仕候」とある。
・三丁表の下段五行目に,大本用では部類立て名称である「天文暦學之部」があるが,半紙本用では削られて空行になっている。
・ 三丁表の下段十一行目に,大本用では「晴雨考 年々出板 一」があるが,半紙本用では削られて空行になっている。
・ 四丁表の中段四行目から六行目にかけて,大本用では書名の並びは『定家朗詠』『行成朗詠』『琴曲桃の宴』であるのに対して,半紙本用では『消息案文』『定家朗詠』『行成朗詠』で,『琴曲桃の宴』の有無と『消息案文』の有無,二点の違いがある。
 この目録は,見開きで右から左へ,上段,中段,下段と視線を動かすように作られており,作り手の簡便さではなく利用者目線で一手間掛けた編集がなされている。一つの枠は必ず書誌単位ごとに記載されているわけでなく,部編名ごとに記載,あるいは書誌単位にはならない紙質による区別,すなわち「上紙」といった記載がある。
 板木調査より判ったことは,大本用の板木の場合64箇所,冊数の部分を別に数えると69箇所の改変がおこなわれていた。(中には,入木したあと再度改変したのではないかと考えられる痕跡もあったが,それらはダブルカウントしていない。)

『尾陽東壁堂製本畧目録』の変遷
 最終形である板木からその書誌の数をかぞえてみると,285タイトル,そのうち15タイトルは重複して採用されていた。また,あきらかに分類に違和感がある記載もあった。板木に残された情報量は,空欄が12,書名で埋まっている枠が352,部類立ての枠が17であった。
 重複した書誌を分析してみると,最終丁である6丁表に記載されている書誌ばかりである。そして1丁から5丁で出現する場合は,部類立てと一致しておらず分類が乱れている部分である。書籍に使用されたこの目録を収集した結果,大本用では五類,半紙本用では三類が集められた。そのうちの一類はこの6丁表が使われず,5丁と奥付で構成されている事例であった。永楽屋東四郎は,ある時点で6丁表が使えない事情が発生し,5丁分の目録として通用させるために,わざと無理な改変をしたと考えられる。
 大本用を事例として,採取した事例をもとに変遷過程を復元してみた。
 (1)京都大学附属図書館所蔵『伊勢物語』(請求記号30-イ-3)
 (2)佛教大学図書館所蔵『古今和歌集』(請求記号G国書-2224-119)
 (3)京都大学附属図書館所蔵『地名字音轉用例』(請求記号4-63-チ-1)
 (4)国立国会図書館『煎茶早指南』(請求記号202-195)
 (5)佛教大学図書館所蔵『古今集遠鏡』(請求記号G国書-2224-152)

 (1)から(2)への変化をA,(2)から(3)への変化をB,(3)から(4)への変化をC,(4)から(5)への変化をDとし,その変化をあきらかにした。
 また,記載内容の分析と先行論文の業績により,「『尾陽東壁堂製本畧目録』は天保5年以降に成立した」「この『尾陽東壁堂製本畧目録』は天保9年頃に作成されたと考えることもできる」「変化Bは弘化4年以降になされたと考えられる」「この目録の最後の改変は嘉永5年以降であると考えられる」との考察をおこなった。
 結論として,永楽屋東四郎は,ある時点で6丁表が使えない事情が発生し,5丁分の目録として通用させるために,わざと無理な改変をおこなった。このことは,この時期に出版業界に一つの構造改革がおこったと考えられる。
 江戸後期,奥付に共同で記載される書肆数が爆発的に増加する。従来は開版にかかる資金の供給,あるいは共同分担という側面にばかり着目されていた。しかし,その背景には,書籍の流通改革があったからこそ販売のネットワーク,機構や制度が確立し,安定した物流のもと共同販売が可能になったのではないだろうか,このことの解明は今後の課題である。
 質疑応答の時間に若干余裕がでたので,司会者のご配慮により,もう少し発表が許され,具体的な入木(埋木)等の事例について紹介をおこなった。
・誤植のための修正 一箇所
・書名の差し替えに起因する埋木(入木)
   ブロックで書名を入れ替えた例
   元の文字を残しつつ埋木した例
   一行分の枠ごと差し替えた例
・埋木の欠落(後世,使用しなくなってから)
 拙い発表にもかかわらず,ご清聴いただいたことに感謝申し上げる。