「出版メディアとプリント・ディスアビリティ」湯浅俊彦(2016年12月 秋季研究発表会)

出版メディアとプリント・ディスアビリティ

湯浅俊彦
(立命館大学文学部)

1.出版メディアとプリント・ディスアビリティ

 本発表は,出版コンテンツのデジタル化がもたらすさまざまな利点のうち,プリント・ディスアビリティ(印刷物での読書が困難な状態)のある人々の課題解決について考察し,「図書館所蔵資料のテキストデータ化」と「図書館における電子書籍貸出サービス」という2つの観点からの実証的な取組みを通して,具体的な政策提言を行った。
 2016年4月,障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)が施行され,視覚障害者だけでなく,身体障害,発達障害,認知障害あるいは学習障害のために印刷物を効果的に読むことができない,プリント・ディスアビリティのある人々の読書アクセシビリティの保障に関する問題が顕在化している。
 著作物が読まれることによって初めて価値が生じる出版というメディアへのアクセシビリティを高め,プリント・ディスアビリティのある人々を含む社会の構成員のすべてが著作物を読む=聴くことができる環境を整え,それがまた新たな知見を生み出していくという出版メディアの循環構造を創出することが本発表の目的である。

2.立命館大学図書館における視覚障害者等への所蔵資料テキストデータ化

 図書館所蔵資料のテキストデータ化と音声読み上げにより読書アクセシビリティの保障を実現する取組み事例として,立命館大学図書館が2010年より実施している視覚障害者等への所蔵資料テキストデータ化の実態を調査し,その効率化と他の図書館との連携について検討した。
 立命館大学図書館の取り組みは,2010年1月,改正著作権法が施行されたことにより,視覚障害や発達障害を有する利用者に公共図書館・大学図書館は所蔵資料を著作権者に無許諾でデジタル化することが可能になったところから開始された。2010年7月,この著作権法の改正を受けて,立命館大学図書館では全国の大学に先駆けて,資料のテキストデータ提供サービスを開始したのである。
 そして,2016年5月31日付けで国立国会図書館の「視覚障害者等用データ収集および送信サービス」におけるデータ収集機関として,立命館大学が国内の大学として初めて登録され,2016年7月11日より立命館大学図書館が送信したデータ10点が「国立国会図書館サーチ」で公開され,視覚障害者等用デジタル資料送信サービスで提供を開始した。
 (http://iss.ndl.go.jp/

3.三田市立図書館における音声読み上げ機能を活用した視覚障害者等への電子書籍貸出サービス

 三田市立図書館における電子書籍による音声読み上げサービス導入は,2015年2月20日と3月6日の2回にわたって視覚障害を有する利用者の協力を得て行われた「図書館における電子書籍サービスを活用した読書アクセシビリティ実証実験」(実施主体:立命館大学IRIS,大日本印刷,図書館流通センター,日本ユニシス,協力:三田市役所まちづくり部生涯学習支援課)からスタートし,産官学連携によって研究開発を進めた。
 そして,2016年4月25日,全国の公共図書館で初めて,三田市立図書館「三田市電子図書館」に「視覚障がい者向け利用支援サイト」を開設し,音声化対応の電子書籍3135点の貸出サービスを開始したのである。その後,この視覚障害者支援を目的とする電子書籍貸出サービスは,その後,2016年9月16日から兵庫県・明石市立図書館,9月24日から大阪府・堺市立図書館にも導入され,全国展開が期待されるところである。
 (http://sanda-city-lib.jp/dLibrary.html

4.結論

 2つの事例研究から,プリント・ディスアビリティのある人々を含む社会の構成員のすべてが著作物を利用できる環境を整えることの重要性が明らかになった。
 これを受けて,本発表では次の政策提言を行った。
(1)国立国会図書館の視覚障害者等用データの収集及び送信サービスの「送信承認館」と「データ提供館」がそれぞれ73館と49館ときわめて少ない現状を早急に改め,多くの図書館が参加することを実現すること。
(2)電子書籍貸出サービスを導入する図書館を増やすことと併せて,視覚障害者等に向けた音声読み上げによる支援サービスの実施を推進すること。
 本発表の今後の課題としては,電子図書館システムを活用した視覚障害等を有する利用者支援の実態をさらに調査し,プリント・ディスアビリティのある人々が著作物を読む=聴くことができる環境についての研究をさらに深めることであると考えている。