台湾における書籍出版の一考察  曾 美芳 (2009年5月 春季研究発表会)

■ 台湾における書籍出版の一考察 (2009年5月 春季研究発表会)

 曾 美芳

 台湾における書籍の発行点数は年間4万点を超えて,人口比率からするとイギリスに次いで世界第二位である。このような活発な出版活動の要因は,まず第一に民主化が挙げられると思われる。そのほか,経済的には国民所得の高さ,それに文化的条件には教育の普及,「出版を尊重する環境」などが指摘できる。
 本発表はこのような現代台湾社会における出版の現状,とりわけ近年の書籍出版を中心に紹介する。
(1)メディア環境
 台湾は1980年代より,政治的改革が始まった。すなわち,1987年に,38年間に渡って実施されていた『戒厳令』の廃止,そして,1996年に。はじめての国民直接総統選挙による政権交代などを経て,政治環境は完全に民主化にされた。この結果,言論の表現・出版の活動は,大幅に自由化されている。例えば,言論自由度のランキングは,アメリカに本部を置く「フリーダムハウス」によれば,高く評価されている。
 すなわち,2006年の「世界プレス自由ランキング」では台湾と日本は同じ得点で世界の第35位である(第1位はフィンランドとアイスランドであり,アメリカは第17位である)。また,2007年に,フランスに本部を置く「国境なき記者団」による報告書では,全169の国と地域において,台湾は世界第32位のランクにされた(第1位はアイスランドとノルウェーであり,日本は第37位,アメリカは第48位であった)。
(2)文化・教育
 台湾社会において,印刷出版業は大事な「文化活動」の一つと考え,非常に重要視されてきた。このため台湾では出版業或いは出版に関する活動を「文化出版」と称し,出版に携わる人たち(例えば著者,編集責任者など)は「文化人」と言われる。
 教育の普及は著しく,識字率は97.6%である。1968年に,9年制の義務教育が開始された。大学への進学率は87.5%(2004年)と言われる。国際比較すれば,これはかなり高い。学歴社会の台湾では,大学への進学率が年々上昇し,それに大学の数も増えている。現在では160校余りの4年制大学が台湾に存在している。
(3)書籍出版の現況
 出版業は,書籍出版が優位となっている。例えば2007年では書籍と雑誌の比率は59対41である。書籍の点数については,先の「文化出版」といわれる環境と相まって,出版活動は盛んである。例えば,前述したとおりに,毎年出版される書籍は,4万点を超えている。『2008年出版年鑑』によれば,2007年は42,018点である。人口比率にすれば,イギリスに次いで世界第2位であり,一万人当りは18.7冊となる。
 また,このような旺盛な出版活動を支えているのは出版社が多いからでもある。出版社の数は極めて多い。台湾の総人口は2,300万人だが,2007年に出版社数(すなわち,営業の業種を「書籍出版産業」として登録された会社)は9,625社もある。(ちなみに2009年2月の最新資料によれば10,029社と増加した)。しかし,2008年行政院新聞局の調査によれば,実際に出版活動をしている出版社は,1,948社しかないという。
 先にみたように,多数の新刊書が出版されることは,読者の選択肢が大きいことを意味している。その意味では,台湾の読者は恵まれていて,「読者の天国」とも言われる。
 しかし,これまで2桁の成長を維持してきた台湾の出版市場は,近年においては全体的に不況である。残念ながら最新の出版売り上げデータは入手できていないが,2006年書籍出版の成長率は,1桁に急落,そこで近年の台湾出版界は「読者の天国・出版者の地獄」と言われている。
 書籍のジャンルに関して,ここでは台湾の書籍出版に関する「圖書出版業量化調査」(2007年)を取り上げたい。これは,2006年に行政院新聞局が台湾の主な書籍出版社に調査を行ったものである。
 これはアンケート対象となった842社の出版社の回答をまとめたものである。同調査では,「書籍のジャンル別出版点数」(新刊と重版の合計)において,第1位は「文学類」で13,817点,20%,第2位は「科学・技術,情報とコンピュータ」類の書籍で,10,417点の15%,第3位は「試験関係書」である。ちなみに,新刊点数で最も多いのは漫画書籍の(5,606点,18%)である。
 各出版社が,どのようなジャンルの出版をしているかと言えば,アンケート対象の842社において,第1位は「宗教」類の書籍を出版した出版社で126社,14.9%を占めた。第2位は「医学・家政」,第3は「社会科学」,以下「言語」「児童書物」「教科書」「文学」である。この調査では出版した書籍のジャンルを,複数選択のため,合計比率は100%を超えている(193.5%)。すなわち,平均として各出版社は約2ジャンルの書籍を出版したということである。
 ところで,台湾社会は従来,多様な外国文化が浸透しているため,多元的社会と言われている。世界からの流行商品やそれに関する最新の情報は多い。そのなかに,周知のように日本の情報は非常に多い。それを示す一つの指標が書物である。2006年,外国版権の購入点数についてみると,第1位は日本の5,876点が最も多かったのである。第2位はアメリカの1,726点,第3位は中国大陸の1,193点である。このように,台湾において日本の書籍が大量に消費されている。
(4)書店
 台湾のチェーン書店で有名なのは「金石堂」「新学友」「誠品」などであるが,最大手は「金石堂」で,全台湾では合計102店舗がある。そのほか,フランスの「Fnac」は経営形態が違うが,台湾では大型のチェーン書店の一つと認識されている。また,ほとんどの大手書店はホーム・ページを開設し,出版情報の提供や,読者との交流とネット販売のサービスなどを運営している。「金石堂網路(ネット)書店」「博客來網路(ネット)書店」は人気の大手ネット書店である。またそれぞれのネット書店は,特別に「日本書籍と雑誌」の専門分野を開設している。
(5)日本の出版社と書店
 1999年4月,「台湾国際角川書店」が台湾において初めての外国出版社として設立された。これは角川書店の初めての海外投資事業でもある。台湾では「台湾角川」の略称が用いられている。角川書店本体はグループ企業の出版物についても漫画や小説を中心に繁体字の中国語への翻訳・ローカライズを行っている。『東京ウォーカー』の台湾圏内版である『台北Walker』(1999年9月創刊)と『高雄Walker』などの雑誌も発行している。ちなみに,『台北 Walker』の創刊部数は22万部であった。
 また,紀伊國屋書店は一般的に日本最大のチェーン書店と認識されている。1990年に台北市内の日系デパートにある「高島屋店」をはじめ,現在は台湾においでは5つの店舗がある。これらの紀伊國屋書店では,様々なジャンルの中国語,英語,日本語の出版物が販売されている。日本語書籍の提供サービスは同書店の最大な特色である。日本の新刊雑誌はほぼ一週間から二週間のあいだに台湾の紀伊國屋書店に置かれる。同書店は,日本書籍,日本文化の窓口と認識されている。

(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)