コロナ禍における翻訳出版――現在そしてこれから(2)編集者の立場から 永嶋俊一郎 (2021年3月5日開催)

■ 翻訳出版研究部会 開催報告 (2021年3月5日開催)
「コロナ禍における翻訳出版――現在そしてこれから(2)」
 ――編集者の立場から

永嶋俊一郎 (文藝春秋 翻訳出版部 部長)

 コロナ禍の2020年に「コロナ禍における翻訳出版――現在そしてこれから」をテーマに、翻訳会社代表、翻訳者、出版社販売部長によるパネルディスカッションを行ったが、2021年3月の今回はその第2弾として文藝春秋社の翻訳出版部部長永嶋俊一郎氏に編集者の立場から現在の翻訳出版について講演して頂いた。永嶋氏は23年という長きに亘り翻訳出版部で仕事をしてこられた、業界でも珍しい翻訳出版のベテラン編集者である。

 まず編集者の仕事には、1)情報収集・検討・版権取得、2)翻訳発注、3)本づくり、という3つのプロセスがあり、翻訳書に特有のプロセスは1)の情報収集・検討・版権取得である。コロナ禍は、この点に最大の影響を及ぼしているという。日本に紹介すべき作品の情報収集は主に海外のブックフェアで行うが、コロナのためZoomで海外出版社から書籍を紹介してもらう形となった。オンラインのため無駄話ができなくなった結果、そうした「無駄」から「ノイズ」を収集できなくなった。つまり海外の出版の最前線にいる人たちがもつ感覚を、感知しづらい弊害が生じているという。また紹介される本は彼らが売りたい本で、出版される本のごく一部だが、渡航不能のため、海外書店を実際に訪問してエージェントが看過した本を発見することができない、また書店店頭という出版界の最前線を観測することができないという残念な現状も伝えられた。

 その他のコロナの影響として、映画館閉鎖によりアメリカ映画が配信に流れ、原作の販売促進機会が失われたこと、さらに海外出版社がビッグタイトル出版を先送りしていることなどが挙げられた。しかし巣ごもり需要の増加など、出版業界全体としてみれば、コロナの打撃は他と比べれば少ない方だという感想が述べられた。

 次にコロナ問題から離れて、翻訳小説編集はどういった仕事なのか、という貴重な現場の実態をお話し頂いた。まず1)の 情報収集・検討・版権取得、に関しては、1980年代半ば~90年代半ばの海外フィクション黄金時代ののち、海外志向が薄れて日本志向となり、海外作品の翻訳出版は減少した。そうした社会状況以外にも、翻訳作品の難しさには、作品を成立させる文化・社会的文脈の違いという面もある。翻訳出版は「臓器移植」のようなもので、現地の血管網と接続することで成立している作品という組織を切り取って日本に移植する作業のため、それが日本の血管網にうまく接続できるかが鍵となる。また質が同じであれば読者は日本の著者の作品を選択するので、同系統の作品がすでに日本に存在している場合、海外作品の需要は低下する。ゆえに普遍性があって日本人にも理解できるもの、それでいて日本にはないものを選ぶのが出版側のミッションであるとのことで、編集者という仕事の難しさを垣間見ることができた。

 次に2)の翻訳発注においては、原著にふさわしい文体が得意な翻訳者が選ばれるとのことである。一例として、会話文や人称代名詞の訳し方を翻訳能力の指標としているという考えが示された。また3)の本づくりの段階では、原著のボイス(原文の語り口)を同じ質感に置き換えることが求められる。必ずしも読みやすければよい、というわけではなく、原著のネイティブが読む際のエクスペリエンスと、日本の読者のエクスペリエンスを同一とするのが理想である、という翻訳者にとっては難しい課題も提示された。

 最後に、編集者には一定の英語力は求められるが、それ以上に異文化および日本文化への関心をもち、異文化間をブリッジする方法を常に考え抜くことが大切だと締めくくられた。

 講演終了後フロアからは、日本独特の縦書きの今後の行方、翻訳賞の効用、コロナ下で売れる作品、アドバンスを安くする方法、書籍の適切な値段、海外で売れる日本の本、といったことに関する質問が出された。今回は初のZoom開催であったが、出版業界の方、翻訳者など多彩かつ多くの参加者を得た。翻訳出版の最前線で活躍する永嶋氏のお話は、具体的かつ実践的で参加者の満足度も高く、オンライン開催の欠点を補って余る充実した講演会であった。

日 時: 2021年3月5日(金) 午後7時30分~午後9時00分
会 場: Zoomによるオンライン開催
参加者: 参加登録103人、当日参加75人ほど、内訳は会員が4分の1ほど

(文責:佐々木千恵)