ドイツにおける「意見表明の自由」の保障について 田上雄大 (2016年12月20日)

■出版法制研究部会 開催要旨 (2016年12月20日)

ドイツにおける「意見表明の自由」の保障について
――歴史修正主義的な表現への規制を中心に

発表者:田上雄大(会員、日本大学法学部助教)
討論者:杉山幸一(日本大学危機管理学部准教授)

 ドイツ連邦共和国基本法(Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutschland)には,日本国憲法における表現の自由(第21条)に相当する人権として,第5条で「意見表明の自由(Meinungsäußerungsfreiheit)」が規定されている。同条は,日本国憲法との相違でいえば,知る権利が明文化されている点などもあげられるが,やはり,一方で意見表明の自由を保障すると同時に,他方でその留保の条件を明文化している点が,大きな特徴といえよう。具体的には,「これらの権利は,一般的法律の規定,少年保護のための法律上の規定および個人的名誉権によって,制限される」と同条第2項にはある。しかも,ドイツの連邦憲法裁判所は,極めて広範な権限を有しており,直接的ないし間接的な憲法への侵害から基本権を保護する目的で「憲法異議(憲法訴願)」という手続をとり,個別になされた意見表明が,憲法上,制限に値するか否かを判断することができるのである。まずはこうしたドイツ特有の法制につき,発表者から平易な解説がなされた。
 ここで問題となるのが,ドイツにおける歴史修正主義的な表現である。具体的には,ドイツ第三帝国や,ヒトラー及びその関係人物の思想や政策に対する好意的な再評価や,その責任ないし影響力などについての過小評価がなされる場合,意見表明の自由とその制約との関係において,論争が生じる。すなわち,ドイツでは,たとえ学術的な研究論文等で発表された客観的な所説であっても,この留保の条件に合致すると判断されれば,意見表明の自由を保障されなくなってしまうのである。
 この問題の代表的な判例として,「アウシュヴィッツの嘘」判決及び「ドイツにとっての真実」判決について,発表者から,大変,興味深い説明がなされた。両判決で争われた表現は,いずれも歴史修正主義的な表現に該当するものと思料されるが,連邦憲法裁判所の判断では,アウシュヴィッツで起こった事象等を否認する前者が保障の対象にならなかったのに対し,第二次大戦勃発に対するドイツの責任について否定的な見解を採った後者は保障の対象とされたということである。我々の感覚でいえば,そもそも個人の人権を侵害していたり,教科書検定で内容修正をせまられたりといった前提条件がなく,単なる歴史上の出来事に関する表現が,公権力によって規制の対象にされるという,異質な法制自体に違和感を禁じ得ないわけだが,その制約の態様までもが一様ではないという,まさしく二重に驚愕すべき発表内容であった。
 討論者は,日本における表現の自由の規制状況につき,分かり易く解説するとともに,ドイツと日本,双方を比較しつつ,その問題点や今後の展望につき整理し,多岐にわたった議論を巧みに纏めてくれた。むろん発表者も,この問題に対する効果的な処方箋を考えているようで,次なる研究成果の発表が待望される次第である。紹介に遑がないが,参加者からは様々な疑問質問が湧出した。会場となった日本大学法学部の学生からも,“本研究が日本における表現の自由の問題にどのような展望を示すのか”といった有意義な質問がなされた。

参加者:12名(会員5名、一般7名)
会場:日本大学法学部三崎町キャンパス 10号館1092講堂
(文責:瀧川修吾)