出版学における木版口絵研究のための
デジタルアーカイブデザイン
常木佳奈
(久留米工業高等専門学校 一般科目(文科系)・准教授)
はじめに
明治20年代中頃から明治末期頃にかけて、出版界では書物、とりわけ文学関連の単行本や雑誌を中心とした書物へ美麗な木版口絵(以下、近代木版口絵)を付すことが流行した。先行研究によればこの動きは、近代化によって仕事が激減した木版職人らと、木版再興を図った出版社との狙いによるものとされているが、時にこの口絵は書物のテキスト以上の価値をもつものとして、同時代の読者から高い関心を集めることもあったという。
このように、近代木版口絵は明治期の出版・読書文化などを窺い知れる貴重な文化資源であるにも関わらず、その〈扱いにくさ〉ゆえに長年、関連諸分野から敬遠される傾向にあった。しかし2000年代に入ってからは、近代木版口絵にフォーカスした展覧会が欧米圏を中心に開催されるようになり、近年は日本国内でもその学術的価値の再検討が試みられている。
このように日本文学および出版学に関連する分野において、個々の口絵作品に注目した研究の蓄積がされつつある一方で、同時代の出版物全体に対する口絵付書物の位置づけや、その検討を可能にする環境は未だ整っていない。そこで今回の発表では、出版学における近代木版口絵の位置づけを明確にするためのデジタルアーカイブの構想を示し、デジタル画像の共有に留まらない、新たなアーカイブデザインを提案した。
近代木版口絵のWEB公開状況と課題
今日、近代木版口絵をまとまった形で閲覧できるデータベースが複数存在するが、そのすべては、いわゆる〈イメージデータベース〉であり、画像の見せ方やメタデータの内容や記載方法は異なるものの、いずれもそこにモノとして〈存在する〉資源の画像とメタデータの提供を目的としている。そのため当然のことながら、モノとして〈存在しない〉資源やそれにまつわる情報は蓄積、閲覧できない。特定の作品の図像を確認したり、摺刷の様子を比較したりするには、この形式のデータベースで十分であろう。しかし、出版学の中へ口絵を位置付けるのであれば、同時代の文学書全体において口絵がどのような存在であったかを明らかにする必要がある。具体的には、どの単行本に口絵が付いていて、どの単行本には付いていないのかといった、同時代の文学書全体における口絵の輪郭を明確にすることからはじめなければならない。つまり、口絵が付されていない書籍の情報もが重要となるため、口絵そのものの画像の共有化では不十分なのである。
以上から、出版学という視点から口絵にアプローチするため、そしてその調査結果をより正確に、かつ確実に蓄積していくために、従来の口絵イメージデータベースとは異なる、新たなデータベースのデザインを検討する必要があるといえよう。
出版学として近代木版にアプローチするために―データベースの構想
それでは、具体的にどのようなデータベースのデザインであれば、出版学の視点から口絵へ適切にアプローチできるか。発表者はこれまでの研究活動を通して「口絵ポータルデータベース」を構築、拡充してきたが、このデータベースの核となるコレクションの一つに、カリフォルニア大学バークレー校東アジア図書館が所蔵する日本近代文学書の初版本コレクション・村上文庫がある。同文庫は村上濱吉という人物によって形成されたコレクションだが、彼は明治研究資料の蒐集・編纂を目的に1924(大正13)年から同コレクションの形成に着手し、明治期に出版された全文学書の目録となる『明治文学書目』(村上文庫、1937)を完成させた。発表者の構想では、『明治文学書目』記載の書籍タイトルをすべてデジタルデータ化し、データベースとして展開する形式を想定している。そのプラットフォームをベースに口絵画像を掲載していくことを想定しているが、この方式を採用することによって口絵が付されていない書籍の情報が可視化されるだけでなく、調査の過程で新たに発見された口絵の随時追加が可能となろう。
以上の調査の第一段階は村上文庫の悉皆調査だが、先にも述べたように村上文庫には所蔵がない書籍もあるうえ、ある書籍に口絵が〈付いていない〉と断定するためには他機関等に所蔵されている同一タイトルの書籍を複数確認しなければならない。まずは口絵研究のためのプラットフォームを構築し、十分な数の明治文学書が集まっている村上文庫の調査を第一段階として実施、その成果がまとまったところでデータの拡充という第二段階へ踏み込んでいくことを検討している。
おわりに
今日までに確認されている近代木版口絵の絵柄は2,500点ほどとされているが、先にも述べた通り、その数が同時代の文学出版総体においてどの程度の割合なのかは十分な検討がなされていない。本構想が実現した後には、その割合が明確になることはもちろん、当時、口絵がどのような役割を担っていたかについて、文学からだけでなく出版学の視点からの議論も可能になるだろう。
以上の発表の後、口絵の制作方法や体制等についての質疑応答がなされ、発表の最後には木版口絵の研究進展を願うコメントが寄せられた。
