日本の出版文化の新展開
――オープンサイエンス時代における
学術コミュニケーションを見据えて
司会者・問題提起者:
設樂成実(京都大学東南アジア地域研究研究所)
討論者:
斎藤 至(アジア学術編集者評議会)
井田浩之(北九州市立大学基盤教育センター)
尾城友視(東京大学附属図書館)
令和6年に内閣府統合イノベーション戦略推進会議にて「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」が決定された。本政策は学術論文を前提としたものではあるが、将来的に学術書の出版モデル、研究者のリテラシー、図書館サービスなどアカデミアに様々な変化をもたらすことが予想される。本ワークショップでは、出版実務経験者、研究者、図書館員がそれぞれの専門的見地から即時OA義務化を巡る考えや課題を共有し、参加者と議論を行った。
まず、斎藤が、学術情報流通のオープン化を振り返り、EU、韓国、シンガポールの政策を概説した。次いで今回の即時OA義務化に触れ、本政策は、雑誌論文だけでなく学術書、教科書、教養書のビジネスモデルにも変容をもたらし、学術出版社には今後、人と知を総合的に結ぶエディターシップや、学術情報の特性に応じたディストリビューションの選択が求められると述べた。そして、学術書においても早晩OA化が不可避となる中、OA化のための資金源の確保、最適なビジネスモデルの提示、永続性やアクセシビリティの高いプラットフォームの提供が必要になるだろうと指摘した。
次に、井田が、オープンサイエンスの時代における、研究者の行動やアカデミックライティングの変容の可能性について論じた。研究者のリテラシーには、アカデミックライティングにとどまらず、学問分野ごとに異なる出版スタイルへの理解や、時代に即した研究成果の公開方法の選択スキルなども含まれる。オープンサイエンスの潮流のもと、研究成果が公共財として広く市民に開かれた市民科学の時代へ、そして学術情報の価値が査読だけでなく読者のニーズに基づき評価される時代となっている。こうした時代において、研究者に求められるリテラシーも変容しつつあるのではないか。学問やキャリアの蓄積である学術書の出版は、時間のかかる過程であり、オープンサイエンスに付随する研究公開の即時性とは本来相いれないものである。即時性が重視されるなか、研究者は学術書のOA出版など出版社と交渉する必要が出てくると考えるが、その際には、研究機関が出版社と著者との交渉に加わり、オープン化の予算といった点から協力することも重要になってくるだろうと指摘した。
最後に、尾城が、即時OA義務化に向けた大学図書館全体の対応と、具体的な事例として東京大学における支援体制の構築、大学図書館とOAの関係性について紹介した。それらをふまえ、大学図書館は従来、資料の購入や購読によって学術情報へのアクセスを提供してきたが、今後は出版や研究発信を支援する形で実現していくことにもなるだろう。その際に図書館は、商業出版社が中心の既存のビジネスモデルを受け入れるだけではなく、図書館も学術出版のエコシステムの一部であることを自覚し、新たな学術情報流通インフラへの出資を検討する、出版関係者と共に議論するといったことが必要になってくるだろう。特に、日本では書籍のOAに関する議論はまだ大きく進んでおらず、図書館が関与していくことも必要であろうと述べた。
会場からは、「出版にはコストがかかる。APC(論文掲載料)適正化といった言葉からはOAにかかるお金は悪といった考えが窺われるが、OA化に係るお金をどのように考えているか」という質問があった。登壇者からは「JSPSの国際情報発信強化に相当する助成枠を整備・拡充することが必要」「冊子と電子、購読料とAPCといったコストの二重化の問題をまずは整理する必要がある」「学内での助成金があるとよいか。編集・出版・流通体制が盤石な従来の出版に対し、編集を簡略化したOA出版といった出版モデルの二極化が今後進むかもしれない」といった回答がされた。「出版社の人間としては、オープンと共有は微妙に違う。学術書の出版ではオープンから共有に至るプロセスを考えることが重要である。市民がデータに素で向き合うのは難しいようにも思われ、モノグラフを即OA化したほうがいいという主張には少し迷う」という意見には、「編集や営業がまさにオープンから共有を媒介するプロセスであり、OA出版においても無論重要である。ただ、学術が変容し、学術情報の捉え方や研究者と読者の関わり方も変わる中、出版社も対応を考えてゆく必要がある」といった回答がされた。どれも重要な指摘であり、企画者・登壇者の間で検討を続ける予定である。
