『いけばな芸術』(1949~1955)の批評メディアとしての役割と変遷
――戦前・戦後の華道ジャーナリズムの視点から
塩野敬子
(名古屋大学大学院人文学研究科博士後期課程)
1.研究の目的と意義
雑誌『いけばな芸術』(1949-1955)は、戦後、華道を家元制度から解放し、芸術としての自立を志向した月刊の超流派華道批評誌である。創刊者は戦前より華道改革を主張していた作庭家・重森三玲(1896-1975)、主編集は次男・重森弘淹(1926-1992)が担った。
本誌は1949年文部省「日本花道展(日花展)」の批判を基軸に、「前衛いけばな」ブームの一翼を担い、公平な華道批評文化の形成を目指した。発行部数三千部から増刷を重ね、全国の若手華道家を中心とした読者のオピニオンリーダー的存在となっていく。
誌面は戦後の文化協働時代を反映し、作品批評、先進的文化人や芸術家の寄稿、座談会、読者投票、芸術講座等多彩な企画を展開、華道を芸術として論じる場を提供した。
更にスクーリングによる華道の近代的な教育制度構築も試みたが、ブームによる華道人口増大により保守化・巨大化した流派家元との理念乖離が進み、1955年、掲げた理想との矛盾を抱えたまま突然終刊を迎えた。
本誌の歴史的重要性についての言説は、三頭谷(2003)、工藤(1994)、川浪(1995)らの断片的評価内で散見されるものの、本誌の本格的研究はこれまで見当たらない。
本発表は本誌の戦後文化協働期における批評メディアとしての特性を明らかにし、雑誌が伝統文化改革に果たした役割を検討するものである。また、出版文化の文脈に華道ジャーナリズムを位置づける初の試みとして、戦後超流派華道雑誌への新たな視座の提示を行いたい。
2.研究資料と分析手法
本研究では、1949年12月創刊~1955年8月終刊迄の全号を対象に、時系列的にジャンル整理を行い、特に社会動向や華道イベントに伴う批評対象の変遷、また当時の芸術動向や文化運動等と如何に連関し相互影響を与えたかを探った。
3.分析結果
・批評メディアとしての意義
『いけばな芸術』は、短期間だが戦後華道批評を主題とした文化の独立メディアとして、誌面上に知的協働空間を創出した点が重要である。公平な批評を実践し、全国の華道家や芸術家、知識層に影響を与え、華道の社会的普及と表現の場の拡張に大きく寄与した。
また雑誌の情報発信により、隣接分野の芸術家と華道家間の相互理解と交流を促進し、戦後多くの「文化的越境」による「知の共有」の場の形成にも貢献した。
発刊期が戦後再生期からその終焉期とも重なる事から、本誌の影響力は戦後特有の文化的熱気と知的欲求の動向にも支えられたと考えられる。実際、20年後に本誌に関与した同人が創刊した諸流派批評誌『いけばな批評』(1973)は、文化的及び社会的共鳴を得られず短命に終わったことからも、本誌の時代的特異性が浮かび上がる。
・「公平なジャーナリズム」の意味
三玲が誌面で用いた「公平なジャーナリズム」という言葉は、戦後民主主義と言論の自由を背景とした文化的風潮を反映していた。この「公平」は、戦前的な権威主義構造への懐疑と批判精神に支えられ、華道では封建的家元制度や官展的な「日花展」への異議や批判として顕在化した。
こうした姿勢は、同時期1950年前後の前衛書道雑誌『墨美』、陶芸の走泥社、日本画のパンリアル等にも共通した戦前的「大きな権威」への批判と、自由と創造性の追求という理念の下、伝統文化の革新を目指す運動として広がっていた。これらは一様に戦後文化における「公平性」の実践を象徴するものであろう。
・華道批評雑誌の限界について
本誌には当初より本質的な矛盾があった。誌面上は「作家主義」即ち表現者として自立性・創造性を重視したが、実際取り上げた作家は殆ど流派の家元や門弟だった。雑誌が目指した華道の社会化は、即ち流派拡大に繋がるという認識が希薄だったのは、編集者が全て華道界外の人物である事も理由であろう。彼らは華道制度に直接的に関与した経験を持たぬリベラルな立場で文化の殻を破りもしたが、内部改革を主導する上での説得力や実効性に懸隔があったのではないか。結果として家元制度の権威には対抗出来ず、本誌の終刊は、家元制度の内部構造が批評や表現の自由と公平性、また制度改革の障壁にもなった事を示す。単純な問題ではないが、これらは今後も歴史に学ぶ形で検討すべき課題である。
4.今後の課題
戦後華道批評雑誌と隣接芸術分野の相互作用については、今後更なる研究が必要である。また本発表では省略したが、戦前に隆盛した華道ジャーナリズムの流れと共に、雑誌が育もうとした華道批評の意義をより広範な視点から考察し研究を進めたい。
質疑応答では
・「流内誌」と「一般批評誌」の定義の確認
・創刊期、占領下の社会動向と本誌の関連
・雑誌以外の書籍等で文化普及を図る場合、華道特有の指摘できる点はあるか
等のご質問に加え、高度成長期開始と雑誌動向の関係への指摘も頂き、それらは鋭意今後の課題としたい。
主要参考文献
三頭谷鷹史(2003)『複眼的美術論 前衛いけばなの時代』美学出版
目黒区美術館(他)編(1995)『戦後文化の軌跡 1945-1995』朝日新聞社
工藤昌伸(1993)『日本いけばな文化史四・前衛いけばなと戦後文化』同朋舎出版
重森三玲(1934)「挿花芸術の批判」『挿花批判』華乃栞社、2-5頁 他
