女性週刊誌におけるジャーナリズム実践
――『女性自身』の「シリーズ人間」を事例に
加藤穂香
(国際基督教大学大学院博士後期課程)
1.研究目的・背景
本研究では、『女性自身』(光文社)のルポルタージュ記事「シリーズ人間」に注目し、女性週刊誌が多くの読者を獲得していった1960-1980年代に、記事で取り上げられたテーマおよびその書き手について分析する。
評論家の柾木恭介によれば、ルポルタージュとは単なる事実の報道ではなく、それによって読者の世界観を転換する力を持つものであるという(柾木 1966:74)。1967年に連載を開始した「シリーズ人間」は、皇室記事に代わる看板記事の登場が急がれる状況のなかで、編集部の児玉隆也によって発案された(黒崎 1997:178)。そこでは一般の人々や芸能人の人生や生活が、毎号7ページ程度にわたって取り上げられてきた。
ジャーナリズム研究者の林香里は、8月15日の終戦記念日における社説と家庭面の見出しの比較分析などをもとに、女性たちが参加する「大衆性」を持つジャーナリズムについて論じた(林 1998参照)。林によれば、終戦記念日の家庭面では個人の戦争体験が取り上げられる一方で、戦争をめぐる「構造的な問題」にはあまり踏み込めていないという限界がある(林 1998:62)。このような研究をもとに、本研究でも8月の「シリーズ人間」を事例に、女性週刊誌においてどのようなジャーナリズムが実践されていたのかを明らかにする。
2.研究手法
1967-1989年までの8月全号(8月25日・9月1日号などの合併号含む)の「シリーズ人間」の記事を収集した。なお1970年は8月の刊行がなかったため調査できなかった。また過去の「シリーズ人間」の記事紹介(1979年8月9日号)は調査対象から除外した。残りの101本の記事について、それぞれ①記事テーマ②記事で取り上げられる中心的人物の属性(ジェンダー、年齢、職業・仕事)③記事の書き手に関する情報に注目し、記事の傾向や特徴を分析した。
3.研究結果
今回調査対象とした「シリーズ人間」の記事では、女性や子ども、病気・障がいを持つ人、ミックスルーツの人など、さまざまな人々の人生や生活が取り上げられていた。毎年8月に必ず戦争に関する記事が掲載されていたわけではないが、太平洋戦争やベトナム戦争関連の体験や、原爆被害、戦後日本での生活など、戦争に関連する記事を計16本確認した。また、記事全体における中心的人物のジェンダーは、女性が約55%、男性が約45%であった。中心的人物の年齢層は若者(18-39歳)・中高年(40-59歳)に分類される場合が特に多く、職業・仕事としては、芸能人のほかに、美容師、指圧師、カメラマンなどが含まれていた。そして、書き手に関する情報は、連載開始初期にはほとんど記載されていなかったが、1969年より、記事の最後に取材や文・構成担当者、写真担当者の名前が記載されることが増えた。「シリーズ人間」は多くの場合、女性記者を含む取材班によって、グループで記事が作られていた。
4.考察・まとめ
家庭面とは異なり、「シリーズ人間」には読者が直接意見を投稿できる欄がない。それでも、多様な背景を持つ人々の人生や生活を継続的に取り上げた「シリーズ人間」は、林(1998)が議論したような、女性たち参加型のジャーナリズムを実践していたと考えられる。さらに「シリーズ人間」では、個人化された戦争体験を記述するだけではなく、戦中・戦後の社会で、女性たちが脆弱な立場に置かれてきた背景やその問題点に言及した記事も見られた。主流ジャーナリズムの場から外れている女性週刊誌だからこそ、周縁化されたテーマが扱われ、女性記者を含む関係者の活動の場が切り開かれたと考えられる。
質疑応答では、8月以外の記事について質問があり、「シリーズ人間」では8月以外にも戦争関連の記事が存在したと回答した。また記事の書かれ方に関する質問に対しては、「シリーズ人間」では「愛情深い」母子関係や夫婦関係をもとに、人々の物語が提示される部分に特徴があり、この点については今後さらなる分析・検討が必要だと説明した。
参考文献
黒崎勇(1997)「ジャーナリズムの現場から 第138回 特別講座「職業としての編集者」を考える(4)―『女性自身』の「シリーズ人間」を創った男たちが語る編集のイロハ」(インタビュー記事)『週刊現代』1997年6月7日号 178-179
林香里(1998)「新聞「家庭面」のジャーナリズムと「タブロイダイゼーション」―「大衆」概念の多義性が折り重なるジャーナリズム空間の変遷」『東京大学社会情報研究所紀要』56:43-87
柾木恭介(1966)「ルポルタージュ」野間宏編『文章のつくり方』三一書房 67-97
