「即時オープンアクセス義務づけの影響と課題」中西秀彦(2025年5月31日、春季研究発表会)

即時オープンアクセス義務づけの影響と課題

 中西秀彦
 (中西印刷株式会社)

 
 内閣府統合イノベーション戦略推進会議から出された2025年度以後の公的資金助成研究の即時オープンアクセス実施方針は学術論文であっても情報提供は有料であるという長く日本に根付いた慣習に大きな転換を迫ることとなった。
 今回の総務省指針では即時オープンアクセスの義務化・デジタルオブジェクト識別子(DOI)の付与・CCライセンスの適用・エンバーゴ期間の排除・機関リポジトリの活用が求められている。
 オープンアクセスは、上の条件に見るように単なる無料公開(フリーアクセス)ではなく、オープンサイエンスという歴史的潮流の一側面にすぎない。オープンサイエンスは学術研究の過程およびその成果を広く社会と共有することを目的とした科学の在り方を指す。それ自体は推進されるべきものである。オープンアクセスはオープンサイエンスを具体的に実施するために論文発表者が主体的に、無料かつ、永続的にアクセス可能で著作権のあり方を明確にすることと定義できる。
 オープンアクセスの要件の原則にあたるのがFAIR原則で、4つのF(Findable, Accessible, Interoperable, Reusable)からなる。検索されやすく、アクセスしやすく、相互に運用や利用が可能であることを指す。これを具体化するのが、DOIとCCライセンスである。
 オープンアクセスという概念が登場してきたのは今世紀に入って、インターネットが一般化してきて以後である。紙媒体の時代は電子データのように簡単には情報に接続できず、図書館なり、書店なりに行って当該の情報を手に入れるか、学会から学会誌を送付してもらうような契約関係を結んでおく必要があった。基本的に情報を手に入れることは有料だった。図書館の利用自体は無料だが、図書館は有料で情報を購入していた。
 出版のコスト構造を考えると、大きく分けて原稿料、編集費、組版費、印刷費、配布費が必要であると考えることができる。電子データのインターネット配布の場合、印刷費、配布費が必要なくなる。最終的にオープンアクセスを達成するためには残る原稿料、編集費、組版費を誰かが負担しなければならないが、学術雑誌においては一般に原稿料は期待されていない。最終的に残る編集費と組版費をどのように調達するかが、オープンアクセスの最終課題として残る。
 ここで広く行われるようになったのが投稿料モデルである。オープンアクセスが歴史的に推進されるようになって以後、海外の大手学術出版社はオープン雑誌にするかわりにAPC(Access Processing Charge)を著者に負担させることで、収益を確保する方向に向かっている(Gold OA)。しかしAPCの高騰は研究者にとって問題になってきている。
 日本の今回の即時OAにあたっては、こうした出版社へのAPC支払いではなく、機関リポジトリへの投稿で対応(Green OA)させようとしている傾向が強い。しかし、機関リポジトリは結局、図書館に出版を担わせようとしているようなもので、図書館の負担が大きく、また質が必ずしも保証できない。
 学会誌としては日本の今回の即時OA方針に対応していかなければ、公的な研究助成を受けた研究は投稿を期待できないこととなってしまう。しかし雑誌をオープンアクセスとしてしまっては、今まで会費の対価として紙雑誌を送付したり、電子版のアクセス権を付与することで学会の経営基盤を確立していたのに、その基盤が失われる。
 もちろん、学会の価値というのは、学会誌を手にいれるだけでなく、会員相互の交流であったり、研究発表会の開催であったりするので、学会の存立にかならずしも影響があるとは限らないが、長期的に学会の役割というのは少しずつ変化せざるをえないだろう。
 即時OA後の学会誌形態を考える際にはプレプリントの動向は無視できない。当初、プレプリントはプリントが前提で、投稿予定の雑誌があったが、現在はプレプリントのみで投稿そのものを行わない例も出てきている。当然査読も行われない。論文の評価は査読者ではなく、読者全般が行えばよいとする。プレプリントそのものは査読も編集も行われないので、質の担保が難しいが、これはインターネット上にある情報全体にいえることで、将来的には解決されてくる可能性が高い。
 最終的には、即時OAの問題は、徐々に各所で問題となりつつあった電子時代の学術流通とはなにか、学術出版はどうあるべきかを厳しく問うきっかけになったといえる。現状、STM分野での改革が先行しているが、今後、出版学会のような人文社会系の学会でも対応に直面せざるをえないと考えられる。究極的に出版とWEBでの情報公開の差違はどこにあるのかという、出版学の根本に関わる問題を突きつけているとも言える。