「日本の人文社会科学系学術書籍における研究不正と出版社対応の類型化」松井健人(2025年5月31日、春季研究発表会)

日本の人文社会科学系学術書籍における
研究不正と出版社対応の類型化

 松井健人
 (東洋大学)

 
 本研究の目的は、日本の人文社会系の学術書籍における研究不正に関して、そもそもどのようなものが存在したのか、この点を明らかにし、さらにそれらに対する出版社対応を類型化することである。そこで本発表は記述的研究として、過去の日本の人文社会科学系の研究書籍に関して、研究不正あるいは研究倫理違反が確認された事例を収集し、その内実と出版社対応の類型化を行った。
 研究方法に関して、上記の課題に応えるのに適したデータベースは現在存在しない。そのため、具体的研究方法としては、主要全国新聞紙記事データベース、「文部科学省の予算の配分又は措置により行われる研究活動において不正行為が認定された事案(一覧)」、「図書館の自由ニューズレター」、リコール情報データベース、検索エンジン検索、出版社等の個別HP情報、Wikipedia、X(旧 twitter)、研究不正関係文献・先行研究、ウェブサイト、CiNii Books, CiNii Dissertation(旧)および国立国会図書館の注記情報、研究者への情報提供の呼びかけ・聞き込みによって事例を収集していった。なお、研究不正事実認定に関しては、調査結果報告書・出版社情報等によって論拠・出典が確定できるか、全ての事例に対して発表者が確認を行った。
 結果として、50事例(2025年5月28日時点)を収集することができた(リスト本体については、発表者のresearchmapでの資料公開を参照されたい)。事例リストにおいては、編著者、書名タイトル、出版社、刊行年、不適切理由、出版社対応、不正類型、典拠情報を順に記した。さきに結果を記せば、研究不正の様態(不正類型)として、I捏造、II盗用、III著作権侵害(複製権)、IV不適切な出典表示、V研究倫理違反、VI著作権侵害(翻案権、同一性保持権・氏名表示権侵害)、VII別著作での捏造・盗用、の合計7種類が確認された。50事例中において、最も多かった研究不正の様態は、先のカテゴリーIIとなる盗用であり、41事例を占めた。比率として8割を超え、実態としては人文社会科学系研究書籍における研究不正とは、盗用であるといえる。次いで、「不適切な出典表示」が4事例、「別著作での捏造・盗用」が2事例、「著作権侵害」(1事例は翻案権・同一性保持権・氏名表示権、1事例は複製権に関するもの)が2事例、「研究倫理違反」が1事例となった。つまり、引用・出典に関する研究不正がすくなくとも45事例が該当するものとなっていた。
 出版社対応としては大きく「絶版・回収・告知」、「絶版・在庫破棄」、「絶版・謝罪」、「絶版」、「出荷停止・告知」、「回収・告知・修正本出版」、「告知・修正表提示」、「抗議」、「告知行為等無し」の9種類に類型化された。これはあくまで大きなカテゴリー分けであり、実際の事例リストでは「告知」の有無や「回収」の有無によって個別出版社対応は分かれるが、議論が煩雑となるので、大きくどのような対応が存在するのかを上記に記した。また、50事例中、絶版以上(「絶版・回収」、「絶版・告知」などを含む)の対応を取ったものが約7割の36事例を占めた。ここで着目したいのは、「告知行為等無し」つまり確認出来る限り出版社が何の対応もとっていないものが10事例を占めた点である。
 このような対応となる要因は、該当する事例を分析していくと、研究不正発覚の経路が影響しているものと考えられる。端的に言えば、大学側の調査によって研究不正が判明したものの、その情報が出版社に伝わっていないのか、あるいは直接の連絡がないゆえに意図的あるいは無自覚に対応を行っていないとみられる事例が、この10事例のうちの多くを占めた。さらに、4事例は修士論文あるいは博士論文を書籍化した研究書籍であった。元の修士論文、博士論文における研究不正が発覚したものの、その不正箇所を含む研究書籍に対しては何の対応も施されていないと考えられる事例が存在している点が、「告知行為等無し」の対応カテゴリーにおける特徴であった。
 本発表は、これまで検討されてこなかった、日本の人文社会科学系学術書籍における研究不正と出版社対応について、その様態を明らかにした。結果として、50事例の詳細を明らかにすることができた。また、当日の会場での質疑応答としては、大きな研究不正が発覚した著者の他著作が連鎖的に絶版措置になったことの是非や不正発覚の経路等、具体的な研究不正著作への対応経路についての質問をいただき、それぞれ具体例に即して回答を行った。