「表現の自由再考」田上雄大(2025年5月31日、春季研究発表会)

表現の自由再考

 田上雄大
 (日本大学危機管理学部)

 
 表現の自由は、ほとんど誰もが知るところの憲法上の保障の代表格である。そしてこれが国家からの自由を意味する自由権の一角をなしていることについてはもはや語るべきことがない。我々はこの基本権保障のもと、原則自由に出版をはじめとする表現活動を行っている。
 しかし近年ではこの国家からの自由という側面からでは表現の自由が十分に保障されえない事態が生じつつある。有名な事例としてはマンガ図書館Z閉鎖にかかわる一連の騒動がある。現代において表現の自由が十分に保障されるためには、自由権としての側面だけではもはや不十分とも考えられる。そこで本報告では、従来の表現の自由を自由権としている点を中心に表現の自由のあり方について再考を試みた。
 我が国で問題のない表現が国によっては問題視されることがありうる。もちろん仮に表現の制約があったとしても、その妥当性に議論があろうがなかろうが、それは我が国における表現の自由の問題ではない。しかしグローバル化の結果、他国の基準が問題のないはずの我が国における表現活動にまで避けられない影響を与え、これを困難にしてしまう問題がみうけられる。
 そこで注目すべき有名な事例がマンガ図書館Z閉鎖にかかわる一連の騒動である。現在では復活したものの、一時的には閉鎖に追い込まれてしまっている。これはつまるところ他国の判決(Fleites v. MindGeek)から他国のクレジットカード会社が行動し、これが結果として我が国で問題のなかった表現活動が妨げられることとなってしまったものといえる。その結果、前述のマンガ図書館Zのほか、メロンブックスやとらのあなといった大手の決済にも一部のクレジットカードブランドの使用ができなくなってしまっていた。
 ただこのような表現活動の妨げは、表現の自由が自由権であることからも法的に表現の自由の侵害とはいいがたい。しかしこのような事例から明らかなように、現代において表現の自由が十分に保障されるためには、自由権としての側面だけではもはや不十分とも考えられる。そこで報告においては、従来の表現の自由を自由権としている点を中心に表現の自由のあり方について再考を試みた。
 分析においては、これらの問題をふまえて、自由権と他の要素を併せ持つ基本権を材料に、表現の自由の保障の拡張について論じた。またこれを論じるにあたって、表現を保護する立法における自由権以外の要素を参考にした。しかしこのような場合に制約の対象となりうるのは性表現といったセンシティブなものが含まれることが少なくないため、例と異なり公権力が保護することの困難さについても扱った。
 質疑応答においては、逆に海外からの影響で保護に至った春画といった事例について扱った。