「翻訳と文化受容――英語圏における日本文学の広がり」辛島デイヴィッド(2025年9月18日)

■日本出版学会 翻訳出版研究部会 開催報告

「翻訳と文化受容――英語圏における日本文学の広がり」
 報 告:辛島デイヴィッド
     (早稲田大学国際学術院教授・作家・翻訳家)

 
 日本文学の英訳や国際的な出版・文芸交流プロジェクトに長年携わってこられた辛島デイヴィッド先生をお招きし、英語圏における日本文学の受容の広がりについて、1990年代から現在までの35年間に焦点を当てて次のようにご講演いただいた。
 この期間について考える時、まず欠かせないのが村上春樹の作品だ。長編が好まれ、出版するなら300ページ以上のボリュームが求められる傾向が強かった英語圏において、短編と長編の書き分けができたことは、村上の大きな強みであったという。『海辺のカフカ』出版後、2006年にフランツ・カフカ賞を受賞するなど国際的な評価を高め、その後も『1Q84』等の長編小説で注目を集めた村上は、2010年代までの日本文学の英訳において大きな比重を占める作家であった。
 英語圏において長編小説が好まれる傾向は10年ほど前まで続いたが、中・短編の芥川賞受賞作にも注目が集まるきっかけとなったのが、村田沙耶香の『コンビニ人間』のヒットだという。書店で展開したプロモーションなど、書店員の後押しも大きな力になったそうだ。アメリカ版のタイトルThe Briefcaseがイギリス版ではStrange Weather in Tokyoに改題され、ブックデザインも一新して発売された川上弘美の『センセイの鞄』の例でも、“Tokyo”など英語圏の読者を惹きつけるタイトル・ブックデザイン・書店での展開といったプロモーションがいかに大切かということが説明された。
 『コンビニ人間』のヒットにとどまらず、多和田葉子・小川洋子・柳美里・川上未映子といった作家の作品が全米図書賞や国際ブッカー賞などで国際的に注目を集め、日本文学の受容は広がってゆく。その際に大きな役割を果たす翻訳者の育成についても、2010年から2013年にイースト・アングリア大学の英国文芸翻訳センターで実施した翻訳ワークショップが成果を上げており、日本文学の翻訳者のネットワークが形成されているという。
 また、英語圏で独自に人気を集めているジャンルや作品についても言及がなされた。書店と猫と本が登場する小説が「癒し系日本文学」として人気を博し、漫画『文豪ストレイドッグス』の影響で太宰治の文学にも注目が集まっている、という大変興味深いお話もあった。質疑応答の際にも、「癒し系文学」が日本独自のものなのかどうか、メディアミックスについてなど、参加者全体で活発に意見交換を行えたことが印象深い。
 今年の7月にも王谷晶の『ババヤガの夜』がダガー賞を受賞するなど、日本文学が英語圏で注目を集める流れは続いている。英語圏の出版動向や国際的な文学賞での注目、書店でのプロモーションや他のメディアからの影響など、様々な要因が重なり合いながら続いてきたこの流れがどうなるのか、この先も動向に注目したい。
(文責:綾仁美)
 
日 時:2025年9月18日(木)午後7時~午後8時30分
場 所:文京シビックホール3階 会議室2
参加者:17名(会員9人、非会員8人)