『喫茶店の時代』をめぐって  林 哲夫 (2003年2月17日)

■ 関西部会   発表要旨 (2003年2月17日)

『喫茶店の時代』をめぐって

林 哲夫

 二〇〇二年二月に刊行した『喫茶店の時代』(編集工房ノア)が第15回尾崎秀樹記念大衆文学研究賞を受賞した.内容は文学書を中心とする文献上に現れた喫茶店を集めて紹介したものである.おもに戦前の喫茶店とカフェーを店ごとに章立てし,その他,茶店,薬局,代用コーヒー,音楽喫茶,戦後喫茶店の概観などの章を加えて構成している.
 受賞の電話をもらったときには尾崎秀樹記念大衆文学研究賞について事前に何の知識ももたなかったが,大衆文学研究会のホームページで過去の受賞作リストを見るにおよんで,同賞の重要性を認識した.1987年の第1回受賞作品が,福島鋳郎氏の『雑誌で見る戦後史』(大月書店,1987年)と,神坂次郎氏の『縛られた巨人・南方熊楠の生涯』(新潮社,1987年)だったことが印象的であった.
 『喫茶店の時代』という本が生まれる端緒は,私的な抜き書き・スクラップであった.読書の過程において注意を引かれた食物,レストラン,喫茶店などの記事を集めているとき,同一の喫茶店についてさまざまな人たちが言及していることが気になった.たとえば本郷三丁目交差点近くにあった「青木堂」である.
 『喫茶店の時代』では夏目漱石の「三四郎」(1907)ほか16篇ほど引用して明治20年代から太平洋戦争中まで存続した同店のスケッチを試みている.そのスクラップを利用して同人雑誌『ARE』誌上で「喫茶店の時代」という特集を組んだ.それが機縁となって大阪の出版社編集工房ノアより出版の打診があった.
 単行本にまとめるにあたっては,スクラップ資料の不足を補うためにいろいろな喫茶店記事の蒐集方策を講じた.その第一が大阪にあるケンショク「食」資料室である.10万点を越える食資料が無料で閲覧できる宝庫から,雑誌『喫茶街』や「珈琲糖」のチラシなど,多数の貴重な資料を利用させてもらうことができた.次には古書店,さらに友人知人の協力も大いに助けとなった.
 受賞した理由のひとつに,類書(文化史的な喫茶店列伝)が無かったということがある.ただ,それでも,「パッサージュ論」の流れにおけるモダニズム都市論の一部として,長谷川暁『都市回廊あるいは建築の中世主義』(相模書房,1975),鈴木貞美『モダン都市の表現』(白地社,1992),初田亨『カフェーと喫茶店』(イナックス,1993),寺島珠雄『南天堂―松岡虎王麿の大正・昭和』(皓星社,1999)などは参考になり,また刺激ともなった.
 国会図書館で「喫茶店がくれたもの~その意味と役割」(二〇〇三年二月四日~三月三十一日)というような展示が行われるなど,喫茶店ブームもさらに広がりをもってきたと言えるようだ.
(林 哲夫)