近代日本における〈主婦〉の誕生  木村涼子 (2011年6月2日)

■ 関西部会 発表要旨(2011年6月2日)

近代日本における〈主婦〉の誕生
――大衆婦人雑誌の内容分析から

木村涼子

 日本出版学会関西部会において,拙著『〈主婦〉の誕生――婦人雑誌と女性たちの近代』(吉川弘文館,2010年)の内容について報告させて頂く機会を得た。報告させて頂いた本の中心テーマは,近代日本において,今日の基礎となるジェンダー秩序の在り方が,社会的に構築され,多くの人々に「自然な秩序」として認識されるようになるプロセスに,マスメディアという社会装置がどのような役割を果たしたのかを明らかにすることにあった。そうした問題意識に始まり,拙著の内容と方法論について自分自身がこだわった点を中心に,以下のような報告をおこなった。
 現代社会におけるジェンダー秩序の再生産において,マスメディアが果たす役割の重要性は繰り返し指摘され,雑誌やテレビなど様々なメディアが分析素材として取り上げられてきた。そうした今日におけるマスメディアの社会的機能を考察するためには,近代初頭におけるマスメディア台頭期に生じた社会現象をていねいに分析する必要がある。近代化における女性向けメディアの発達の歩みを踏まえた上で,『主婦之友』や『婦人倶楽部』など大衆的成功をおさめた婦人雑誌を対象に(時に『婦人公論』などの異なるタイプとの比較をまじえて),B.ベレルソンにはじまるメディアの数量的内容分析,読者層分析,図像分析,物語構造分析などの種々の手法を用いて,婦人雑誌が提示する女性像や大正期からファシズム期にかけての時系列的な変化を多面的に描き出そうとした。
 本書はマスメディアを分析対象とした歴史社会学的な研究の中に位置づけられるが,その特色は以下の点にある。第一に,マスメディアの誌面に対する数量的な内容分析と質的分析を組み合わせようとしている点,第二に,分析に際して,資料の恣意的な扱いに終わらぬよう,できるだけ網羅的に分析対象を把握するために膨大な量のデータの収集・分析を試みていること,第三に,活字記事だけでなく,グラフィック情報と連載小説という読者の想像力を掻き立てるファンタジックな側面を統合して誌面分析を試みようとしている点,第四に,メディア研究で常に課題として浮かび上がる受け手分析に本格的に取り組もうとしている点などにある。
 最終的には,「婦人雑誌」を単なるメッセージの乗り物として断片的に分析対象とするのではなく,以上のような多面的かつ総合的な分析を通して,近代化のプロセスで不可欠な役割を果たした社会装置としてその全体像を描きだそうと試みた。本書が,マスメディア研究においても,ジェンダー研究においても,小さくとも新たな一歩を付け加えることができていればと願っている。
 報告後,質疑の中で,多くの刺激を頂戴した。自分ではまったく気がついていなかった観点などもご示唆いただいた。また,歴史研究の方法について,具体的に意見交換することができた点もありがたかった。大衆雑誌を分析対象とする場合,史料としての雑誌そのものに出会うことに困難がともなう(近年では復刻版や電子化がすすんで,アクセスが容易になりつつあるが)。図書館に通い詰めて読み,メモをとり,コピーをとる。古書店をめぐり,インターネットでこまめに古書市場流通商品をチェックしては購入し,収集に努める。こうした努力の積み重ねは苦労といえば苦労であるが,歴史研究の醍醐味を感じる点でもある。研究の内容とともに,史料との出会いや史料との「つきあい方」についても,出版学会のみなさまと共感し,さらに多くのことを教えていただくことができた。私自身にとって実りのある,充実した機会となったことを,ここにご報告するとともに,あらためて部会を設定し,ご参加くださった方々にお礼申し上げたい。
(文責:木村涼子)