出版史研究の手法を討議するその1
――戦前の週刊誌の連載小説の変遷を探る
中村 健
(大阪市立大学)
1.部会の目的
会員,研究者間で出版史研究のベースとなる研究手法,研究の進め方,評価方法,定義などを共有することを目的に,このシリーズを開催することとした。会のイメージを具体化するために,試験開催を企画。まだ考察の途中であったが,筆者の研究テーマである戦前のタブロイド版『サンデー毎日』の連載小説の変遷調査を,たたき台として開催した。
2.報告内容
2.1 誌面の特性
『サンデー毎日』誌面の1ページあたりの掲載可能字数,挿絵と文章の比率から,どのような特徴をもった作品が掲載されているかを探った。連載1回あたり3Pで,毎回4-5個の小見出し,原稿用紙にして20枚程度,挿絵は最大3画が掲載できるフォーマットである。同誌の連載の平均回数は全体平均=12回(現代小説=11回,時代小説=16回,講談=6回)である。B5判の連載小説の誌面比較も行った。大きな判型をいかし,他の雑誌媒体に比べ,挿絵が大きいビジュアル化した編集となっている。
2.2 週刊誌特有の連載形式
B5判の連載小説の定型として,『週刊朝日』の吉川英治「新・平家物語」,『サンデー毎日』の源氏鶏太「三等重役」,『週刊新潮』の五味康祐「柳生武芸帳」,柴田錬三郎「眠狂四郎無頼控」があるが,「新・平家物語」「柳生武芸帳」は「挿話積み上げ型」(複数の主人公,または集団を描くために,挿話をつみあげ描くやり方をもった作品であり,この部会で便宜上使用した名称)。「三等重役」「眠狂四郎無頼控」は「一話読切型」である。そこで,この二方式をB5判連載の定型的な手法と仮定し,タブロイド版でも使われているかを探った。「挿話積上型」は,唯一,海音寺潮五郎「風雲」(昭和7年)が近い形式を持つとして考えられる。「一話読切型」は,講談の神田伯龍「大塩捕物帖」(昭和13年)を皮切りに旭堂南陵「浪速百人斬り」,旭堂南陵「豪快拳骨和尚」と続くものの時代小説,現代小説まで広がることはなかった。両形式がタブロイド判で花開かなかった理由として,2.1で述べた特性に原因があり,一回あたりの連載可能枚数が少なく,かつ週刊で原稿を提出するスケジュールの大変さが影響していると考えた。
2.3 量的分析
連載回数の平均は12回である。グラフ化すると,大正13年の白井喬二「新撰組」連載回数55回が一番高い位置を示し,以後滑らかに下がる形になる。作品の連載回数が増えるのでなく,同時掲載本数が増える方向に変わり,時代小説,現代小説,読切の3本立てになっていく。筆者はこの変化に意味を持たせようと毎日新聞の連載回数のグラフとの比較やイノベーション度などの考えを述べたが,適切とは言い難く,議論の結果,「新撰組」55回が特殊だったのではないか,変化に大きな意味はないのでは,というところに落ち着いた。
2.4 質的分析の可否
作家の起用回数や連載回数の長いもののランキングを出したところ,後世に知られた作品が少なく,回数が短くても,知られた作品(井上靖「流転」,子母澤寛「弥太郎笠」)があった。この点に週刊誌連載の特徴があると考え,より質的な評価を与えることにより,タブロイド判特有の連載形態が見いだせないかという意見を述べたところ,質的評価が出版学的に可能かという議論になった。評価をはかる指標としては,連載回数の多さ,誌面での掲載位置,読者の声の多さ,掲載号の売り上げ部数,単行本化の回数など数値による評価が妥当ではないかという意見が多かった。当時の雑誌としてはA5判の月刊誌が一般的と思うので,その連載小説の数的評価を「基準」として比較するべきではないか,また作品の質を問うことになると,国文学のテクスト分析の範疇になるのではないか,という意見が相次いだ。
3.おわりに
今回は試行的な開催のため,準備期間も短く筆者も準備不足の面が多々あったが,討議の時間を長くとり,研究方法と迷った点も率直に示し,批判を受けたことにより,議論の焦点が絞られ,活発な討議のなかから,出版史研究の手法が議論された。
今後も,このテーマと進行方法で続けていく予定なので,是非ともさまざまな方の報告と参加をお待ち申し上げる次第である。
(文責:中村健)