コミックスから考えるマンガの「メディア」像 山森宙史 (2020年1月25日開催)

■ 日本出版学会 2019年度 第3回(通算第108回) 関西部会 開催要旨 (2020年1月25日開催)

コミックスから考えるマンガの「メディア」像
――出版学・メディア論とマンガ研究の狭間から

山森宙史 (会員、四国学院大学社会学部助教)

 今回の報告では、2019年10月に刊行した拙著『「コミックス」のメディア史――モノとしての戦後マンガとその行方』(青弓社)の内容を中心に、戦後マンガの代表的形態である「コミックス」という出版メディアをめぐる産業的な枠組みの変容過程と、そこから導き出される「(出版)メディアとしてのマンガ」像について検討を行った。
 まず、これまでのコミックスを取り巻く研究状況の整理を通じ確認したのは、この出版メディアをめぐる議論の不在と、そこに垣間見える既存の「メディアとしてのマンガ」観における「出版メディア」としての多義性の後景化である。言い換えれば、コミックスへの問いとは、改めて、長らく私たちが不問としてきた「マンガとはいかなる出版メディアなのか?」という問題意識が喚起される契機であり、マンガをめぐる「メディア」という意味付けと「出版(物)」概念との関係についての検討が不可避なものとなる。以上の問題意識のもと、本報告では、コミックスがまだ「マンガを意味する出版メディア」として未確立だった1960年代を出発点とし、当時のコミックスを取り巻く出版社や流通、書店業の間で、それがいかなる「モノ(出版物)」として意味づけられ、また同時にそこから「逸脱」していったかを追うことから、この出版物が「マンガであること」を勝ち得ていく過程を概観した。その上で、コミックスが「マンガ出版物」たりえるのは、それがマンガ作品や表現を担う媒体であるという理由だけに帰されるのではなく、既存の出版物概念と重なり合いながらも、しかしいずれにも厳密には類型化しきれない、“不純”かつ“定義留保”な出版物であることをそのジャンルとしての「固有性」の要件にしているのではないかとの仮説を提示した。最後に近年のマンガアプリを筆頭としたマンガのデジタル化を事例に、コミックスという出版メディアの柔軟性が、「メディアとしてのマンガ」という枠組がドラスティックに変化していく現在でも、依然としてその枠組みの存立要件として強力な役割を果たしているとの考えを述べ、報告を終えた。
 以上の報告に対し、フロアからは様々な角度からの意見が提起された。まず、隣接する他の出版メディアとの相違点として、同じ「単行本」であっても、単行本化することで出版物としてのグレードが高まる文芸書とは対照的に廉価な雑誌から即廉価な単行本となる点。あるいは、ジャンルとしては明確にマンガとは異なる「ライトノベル」だが、モノとしてはむしろコミックスと近いのではないかという指摘もなされた。また、本報告の「モノ」という分析アプローチに対しても、より表現の位相を含んだ議論も可能なのではないかという指摘も提起された。確かに、コミックスも一律的な特性で説明しきれるわけではない。それゆえ、表現様式やジャンルごとでどのような出版物観を立ち上げてきたかを追うことは、よりコミックスという出版メディアの多層性を明らかにする上でも有効だろう。そして最後に、デジタル化がより進む現状を踏まえ、マンガをめぐるデータベースやアーカイブ構築の問題についても議論となった。そもそもマンガ雑誌と比較して、コミックスには体系立てられた網羅的なアーカイブというものは今なお存在していないのが実情である。加えて、デジタルを初出とする作品が増加していく中で、どのような収集・保存体制を構築するか、そして系譜的位置づけが可能となるかは、マンガ史研究全般においても重要な課題となっていくだろう。
 本報告をめぐる議論で得られた様々な意見は、今後「コミックス」という研究対象を深めていく上でいずれも重要な論点となるものばかりである。と同時に、問題提起でも述べたように、マンガをめぐる「出版物としての問い」を喚起するところに、やはりコミックスという出版メディアの魅力的な特性が潜在しているという確信を改めて得られた次第である。

(文責:山森宙史)

日 時: 2020年1月25日(土) 14時~16時20分
会 場: 大阪市立大学学術情報総合センターセミナールーム
参加者: 15名 (会員7名、非会員8名)