特別報告 出版史研究の手法を討議する:戦前の週刊誌の連載小説の変遷を探る(その3)

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特別報告 出版史研究の手法を討議する:戦前の週刊誌の連載小説の変遷を探る(その3)

中村 健(大阪市立大学学術情報総合センター)

広すぎる誌面を効果的に編集する

 昭和15年に判型がタブロイド判からB5判に縮小され、今の週刊誌の判型が生まれた。しかし、タブロイド判時代を「活字も大きく挿絵もゆうゆうたるものであった」)と、なつかしむ読者がいた(注9)。
 連載の平均回数は全体平均=12回(現代小説=11回、時代小説=16回、講談=6回)だ。この数字と、挿絵を中心とした大きな誌面に対する評価は、ビジュアル面に特化したタブロイド判の特徴を如実に語っている。
 挿絵に比べて、原稿の執筆は苦労があり、大佛次郎、江戸川乱歩は新聞連載より週刊誌連載が大変と率直に述べている(注10)。その理由は、かつて筆者が指摘したように、一回あたりの原稿の多さであり、長編を得意とした作家でないと難しかった(注11)。連載中断が何度か起こったため、レイアウトを変えながら、安定的な運用体制に落ち着いた。当初は、レイアウトは17字×49行×7段(7.5ポイント)であったが、昭和5年には、23字×43行×5段(7ポイント)に落ち着き、行間も広くゆったりとしたものになる。
 筆者は、巻頭掲載の最初の小説である白井喬二「新撰組」から数年間の連載作品を分析し、大容量ゆえに連載継続が難しく、レイアウトの変更で誌面の最適化を行っていった流れを述べた。

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 部会報告では縦軸を連載回数、横軸を連載小説の開始順に並べたグラフを作成した。連載好評により高い位置を示す作品はあるものの、年を経るごとに、連載回数が減っていく傾向が見える。この解釈を「模倣」「流行」「鮮度」などの概念で見ようと試みた(注12)が適切な解を示せず、現在、筆者は連載回数が最適化していく過程として捉えている。

連載、掲載の形と媒体特性

 週刊誌の連載で代表的なものとして、よく取り上げられるのは、一話読切の源氏鶏太「三等重役」(『サンデー毎日』)、柴田錬三郎「眠狂四郎無頼控」(『週刊新潮』)、挿話を積み上げていく吉川英治「新・平家物語」(『週刊朝日』)、五味康祐「柳生武芸帳」(『週刊新潮』)である(注13)。これは判型がB5判になってからのものだ。タブロイド判時代の連載や単独掲載で代表的なもの(注14)を先述した編集事項と絡めて理解することが大切である。そうしたことが顕著な連載小説と単独掲載の2作品を例にその関係を述べたい。

1)井上靖「流転」
 第一回千葉賞を受賞した井上靖の作品。作家デビュー前の習作時代の作品として知られている。
 選評(『サンデー毎日』1936(昭和11)年8月2日号)に、編集部は「適当な挿画を配備すれば、この篇が一番読者に喜ばれるのではないかと思はれる。」と挿絵が生かせる作品=巻頭掲載のフォーマットに沿った形式をもつことを評価している。なお、大佛次郎は映画的な展開をもつこと、吉川英治は「端的な描写」と「会話」が生み出す軽さを評価。
 連載小説の特徴を備え、かつ『サンデー毎日』の特性である挿絵をうまく生かせる作品であるという評価ができる。

2)長谷川伸「関の弥太っぺ」(『サンデー毎日』夏季特別号『小説と講談』1929(昭和4)年6月15日号)
 長谷川伸の股旅ものの代表作のひとつ。タブロイド判の誌面をもっとも効果的に使った作品としてあえて挙げたい(部会報告時、股旅物については子母沢寛「弥太郎笠」に言及したが、より適切な例として特別報告では本作に変えた)。
 「沓掛時次郎」「一本刀土俵入」「雪の渡り鳥」など股旅物の代表作は、雑誌に戯曲の形式で発表、同時に映画や新国劇の舞台にかけられ一般に普及した。映画や舞台といった視覚メディアやビジュアルと相性のよい作品群である。本作も戯曲や映画で知られている。
 「関の弥太っぺ」『サンデー毎日』版は、小説形式で、掲載時は、誌面が分割され、上段は同作、下段は中村武羅夫「三作と女」が流れ、誌上「二本立て同時上映」の趣の編集がなされた。長谷川の股旅物は会話が中心の文章で、挿絵の周辺に文章を配するとまさに字幕映画のような印象となる。筆者は、同誌の判型を生かした特徴的な作品と考えている。 
 なお、長谷川伸は「創作ノート:『権太の小判』の解説」(『サンデー毎日』1938(昭和13)年11月1日号「新作大衆文芸号」)で、戯曲「権太の小判」(新国劇で上演)と同じ素材を用いて構想を立てたことを言及している。
 このように上記の二作は判型と連載作品を「誌面の編集」という観点から理解することができ、作品単体の評価とは違う部分を照射する。
 最後に部会時に、参加者から参考文献として牧義之「『読売新聞』紙上の小栗風葉「青春」―読者の投稿と紙上での位置」(日本近代文学会東海支部編『「東海」を読む : 近代空間(トポス)と文学』2009年、風媒社、所収)、田口律男「プロットの力学/大衆小説の引力―菊池寛「真珠夫人」の戦略(ストラテジー)」(『日本近代文学』50、1994年5月)があげられた。戦前の雑誌の部数を知る事典として小林昌樹編・解説『雑誌新聞発行部数事典 : 昭和戦前期 : 附. 発禁本部数総覧』(金沢文圃閣、2011年)があげられた。


注9 「サンデーくらぶ あのころのサンデー毎日」『サンデー毎日』1954(昭和29)年2月14日号
注10 大佛の発言は「本誌創刊二十五周年を迎えて あの頃、その頃の思い出話 同人の座談会」『サンデー毎日』1947(昭和22)年4月臨時増刊 二十五周年記念特別号による。江戸川乱歩は「探偵小説十年」。長谷川伸「天正殺人鬼の頃に」(『サンデー毎日』1937(昭和12)年4月1日号)にも同様の発言がある。
注11 拙稿「白井喬二「新撰組」と『サンデー毎日』の関係性の検証と意義 : 戦前週刊誌の巻頭に関する一考察」『出版研究』42、2011
注12 宮本悦也『流行学 :「文化」にも法則がある』(ダイヤモンド社、1977年)、宇野善康『普及学講義 :イノベーション時代の最新科学』(有斐閣選書491、1990年)を参考にした。
注13 最近では浅岡隆裕「高度経済成長の到来と週刊誌読者:総合週刊誌とその読者であるサラリーマンを中心に」(吉田則昭・岡田章子編『雑誌メディアの文化史』森話社、2012年、所収)などを始めとして多くの本で語られている。
注14 日本近代文学館編『日本近代文学大事典 第五巻 新聞雑誌』の野村尚吾による「サンデー毎日」の項では、タブロイド判期の主な連載として、白井喬二「新撰組」、吉川英治「松のや露八」、子母澤寛「弥太郎笠」、直木三十五「益満休之助」を挙げている。