特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版史研究における雑誌分析の課題と可能性(その3)

特別報告 出版史研究の手法を討議する:出版史研究における雑誌分析の課題と可能性(その3)

田島 悠来(同志社大学創造経済研究センター)

言説分析の手法を用いた雑誌分析の一例

 独自の枠組みを持たないとは言っても、言説分析には大きく分けて二つの理論的な射程が存在している。第一に、言説の秩序の構造分析(以下構造分析)、第二に、テクストと相互作用の分析(以下相互作用の分析)がこれにあたる(岡井、2004年:フェアクラフ、2012年)。構造分析は、M.フーコーの言説の秩序の概念(ミッシェル・フーコー『言語の表現の秩序 改訂版』(中村雄二訳)(河出書房新社、1981年))に依るもので、テレビ、ラジオ、新聞といった媒体のジャンルごとに異なる固有の言説の在り様、変容の過程を捉えようとする手法である。ここでは、言説の秩序は安定的で永続的なもの、つまり、時代を超えて構造化されたものであると見なされているのに対し、相互作用の分析では、テクスト(注9)が置かれた社会的局面に応じて、言説の秩序は断続的に変化する可能性を持つことがより意識されている。すなわち、言説の実践は、社会的なコンテクストと相互に関連し合うという捉え方がなされているのである。そのため、相互作用の分析では、テクスト(話されたもの、書かれたもの、テレビのテクスト)の分析のみならず、そのテクストが生産、流通、消費する言説実践の場の分析、さらには、そうした言説実践やテクストフレームが形成される社会・文化実践の分析を行うことも要求されている(注10)。筆者は、雑誌を分析する際に、言説分析の手法を用いる上で、テクストと社会的な局面の変化の関連性を浮かび上がらせていくため、相互作用の分析という立場をとることにした。
 「雑誌を分析する」と一口にしても、その方法は多種多様であり、分析する者が何を明らかにしたいのか、また、その着眼点によって論法が異なるのは自明である。筆者の場合は、テクスト(雑誌)は、受容者(読者)の存在があってこそはじめて成立するものであるという考えのもと、「雑誌を分析する=読者の分析(具体的には、読者との交流を意図したページ群(読者ページ)の分析)」を主軸に、次の三段階に分けて分析を遂行した。まず、読者ページに掲載されている投書の分析(テクスト:書かれたものの分析)。次に、編集者へのインタビューからの考察(テクスト:話されたものの分析を通じたテクスト生産という言説実践の場への着目)。そして、そのテクストが発信された時代に関する社会調査(統計資料や読書調査も含む)、先行研究の確認(言説実践やテクストフレームを形成する社会・文化的実践の分析)(注11)。

見えてきた課題

 以上は筆者による雑誌分析の一例であるが、その過程で様々な課題に直面した。なかでも出版史研究の手法として注意が必要であると実感したのは、第一に、発信された時代の異なるテクスト同士を同列に扱っていいのかという問題である。筆者が研究の対象としたのは、雑誌『明星』(集英社、1952年創刊)、特に、本雑誌の最盛期と目される1970年代(1971年~79年)の『明星』というテクスト(書かれたもの)であったが、それに対して、インタビューによってもたらされるのは、その時期に編集に携わった編集者が当時のことを回顧しての発言に基づいたテクスト(話されたもの)である。つまりは、共に1970年代というコンテクストを表すテクストではありながら、それが生成される時代は、1970年代、2010年代(インタビューは2012年に実施した)と、それぞれ異なっている。言うならば、両テクストは別のコンテクストの上に成立している可能性があるということになる。
 加えて、第二に、そうしたテクストに対して、当の分析者自身は、どのような立ち位置にあるのか、ということに対して自覚的になる必要があることがもう一つの問題として挙げられる。そしてこれは、分析者の解釈に負う部分が大きいという特性を踏まえるならば、言説分析という手法自体が抱える課題とも言える。すなわち、研究者が、どのような人物(バックグラウンド、ジェンダー、思想等)であるのかを明示することが求められるということである。では、このような課題を乗り越えるためにどのような対処法が有効であろうか。(つづく)
 


注9 ここで「テクスト」とは、手紙や書籍、新聞記事等、書かれた結果が残されているものを第三者の立場から客観的に捉えたものを指す(橋元、1998年)。
注10 この相互作用の分析については、フェアクラフ(2012)、大石裕「日本のジャーナリズム論の理論的課題」(田中宏・大石裕編『政治・社会理論のフロンティア』慶應義塾大学出版、1998年)を参照のこと。
注11 こうしたテクストの分析のみならずいくつかの手法を組み合わせた方法は、岡井崇之「「男らしさ」はどうとらえられてきたか――「脱鎧論」を超えて」(宮台真司・辻泉・岡井崇之編『「男らしさ」の快楽――ポピュラー文化からみたその実態』勁草書房、2009年)によると、「マルチメソッドアプローチ」とされる。