特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(4)

特別報告 出版史研究の手法を討議する:ライトノベルへのアプローチ(4)
 山中智省(目白大学)

 
 本連載ではこれまで3回にわたり、ライトノベルを便宜上「マンガやアニメをはじめとする多種多様なジャンル/メディア/文化の要素をあわせ持った、若年層向けのエンターテインメント小説」と見なす一方、それらを「複合的な文化現象」として捉え直す重要性を再確認しつつ、出版史研究の先行論や現状の研究課題に言及してきた。そして、最終回となる第4回では筆者自身の取り組みを紹介しながら、今後の研究の展望を模索してみたい。
 
■ 〈ライトノベル雑誌〉への注目

 近年、「複合的な文化現象」としてのライトノベルを捉えていく上で、筆者が特に注目している存在が〈ライトノベル雑誌〉である。この〈ライトノベル雑誌〉とは、例えば富士見ファンタジア文庫、角川スニーカー文庫、電撃文庫のような専門レーベルを持つ出版社が定期刊行する、ライトノベルを中心的に扱った専門誌のことである。具体的な雑誌タイトルの例としては、『ドラゴンマガジン』(富士見書房、1988年創刊~続刊中)、『ザ・スニーカー』(角川書店、1993年創刊~2011年休刊)、『電撃文庫Magazine』(アスキー・メディアワークス、2007年創刊~続刊中)などが挙げられるだろう。これらの誌面は小説に限らず、マンガ、アニメ、ゲーム、イラスト、映画等のほか、読者参加型の誌上企画や公募新人賞との連動企画といった多彩な内容で構成されており、従来の小説雑誌とは一線を画した様相を呈している。また、各専門レーベルに関する公式情報の発信・獲得の手段としてはもちろんのこと、編集者、作家、読者が互いに交差する場としても機能しながら、独自の雑誌文化を築いてきた興味深い歴史を有しているのである。
 
■〈ライトノベル雑誌〉の研究状況

 それゆえ〈ライトノベル雑誌〉は、ライトノベルという「複合的な文化現象」を支えるシステムやネットワークの存在を想定した場合、その“結節点(ハブ)”の役割を果たすとともに、ライトノベル自体の誕生・発展にも深く関与してきた可能性が考えられるのである。さらに言えば、〈ライトノベル雑誌〉は複数の要素(ジャンル・メディア・文化など.)を内包しており、まさしく「複合的な文化現象」の縮図そのものであることから、これらの調査・分析は文化現象の特徴を把握するだけにとどまらず、ライトノベルがもたらすメディア横断的な物語受容や創作、および読者・読書をめぐる様態の解明にも繋がり得ると思われる。ところが先行論を管見する限り、〈ライトノベル雑誌〉に対する言及自体は少なからず見受けられたものの、マンガ雑誌やアニメ雑誌のように研究の中心的題材としては扱われておらず、創廃刊状況や簡略的な媒体紹介にとどまる場合が多かった。加えて、単行本(文庫本)として刊行されているライトノベルの作品群と比較した場合、〈ライトノベル雑誌〉に対する注目度は思いのほか低く(注1)、研究対象としてはあまり重要視されてこなかったのである。したがって、その実態を把握するための詳細な調査・分析はほとんど行われないまま、現在に至っている。
 
■ 筆者の取り組み(『ドラゴンマガジン』を対象とした研究事例)

 こうした研究状況を踏まえ、筆者は〈ライトノベル雑誌〉の草分け的存在として知られる富士見書房の『ドラゴンマガジン』を対象に、まずは同誌の創刊前後(1980年代後半~1990年代前半)を射程とした関連資料の収集と分析、および同誌関係者へのインタビュー調査に取り組んできた。ちなみに後者のインタビュー調査では、作家や読者だけでなく編集者の証言にもスポットを当てることで、これまで語られる機会が少なかった雑誌や専門レーベルの内実に迫ると同時に、『ドラゴンマガジン』(とその掲載コンテンツ群)の作り手と受け手の双方から、より多角的に同誌の具体相を捉えることを試みている。
 その結果、『ドラゴンマガジン』は創刊当初から「雑誌」、「専門レーベル」、「公募新人賞」の三者が密接な連携を図りつつ、現在のライトノベルに繋がる“ビジュアル・エンターテインメント”を確立した実績を持つにとどまらず、ライトノベルという「複合的な文化現象」の構築にも大きな功績を果たした実態が浮き彫りになってきたのである。同時にそれは、出版史研究の立場からライトノベルの誕生・発展の歴史に迫っていく上で、『ドラゴンマガジン』を含む〈ライトノベル雑誌〉が無視し難い存在であり、重要な研究対象たり得ることをあらためて裏付けるものであった。
 なお、上記に関する詳細な内容は過去の学会発表記録(注2)のほか、これまでの研究成果を取りまとめた筆者の近刊『ライトノベル史入門 『ドラゴンマガジン』創刊物語――狼煙を上げた先駆者たち』(勉誠出版、2018年)をご参照頂ければ幸いである。
 
■ おわりに

 無論、前述した〈ライトノベル雑誌〉をめぐる筆者の取り組みは未だ道半ばであり、「複合的な文化現象」であるライトノベルの姿を把握していくためには、さらなる綿密な調査研究が求められるだろう。とはいえ、現時点における研究成果を踏まえるなら、少なくとも〈ライトノベル雑誌〉の資料的価値を再考し、出版史研究の重要な研究対象として捉え直す必要があるのは間違いないと言える。
 折しも筆者が着目した『ドラゴンマガジン』は、2018年1月をもって創刊30周年の節目を迎えており、その歴史の長さと功績をふり返る機運が高まりつつある。こうした稀有な機会をも生かしながら、今後、我々は〈ライトノベル雑誌〉の存在はもちろん、ライトノベルへのアプローチの仕方をあらためて模索していくことが肝要なのではないだろうか。その意味では、出版史研究がライトノベルの何を研究対象とし、どのような手法で調査・分析を進めるのかについて、今この時がまさに、議論を進めていく好機なのである。(おわり)
 

1)ライトノベルの単行本(文庫本)と雑誌をめぐる動向について、例えば出口弘「絵物語空間の進化と深化――絵双紙からマンガ・アニメ・フィギュア・ライトノベルまで」(出口弘・田中秀幸・小山友介編『コンテンツ産業論――混淆と伝播の日本型モデル』、東京大学出版会、2009年)は、「ライトノベルは、雑誌の形というよりは、主に単行本の形で読者の目に触れる。雑誌メディアは、あることはあるがマンガほど大きな影響を持っていない」(296頁)と指摘している。
2)具体的には、日本近代文学会2015年度春季大会における個人研究発表「ライトノベル雑誌からみる〈物語生産システム〉の具体相」、および、日本出版学会2015年度秋季研究発表会における個人研究発表「ライトノベル雑誌がもたらしたメディア横断的な物語受容と創作――『ドラゴンマガジン』の事例を中心に」、同2017年度春季研究発表会における個人研究発表「『ドラゴンマガジン』の特集記事にみる内容的特徴と方法論――読者を惹きつけた“ビジュアル・エンターテインメント”」において、詳細な報告を行っている。