「「出版指標」の統計と現在の出版業界」原正昭(2024年2月8日)

■日本出版学会 出版編集研究部会 開催報告
 (2024年2月8日開催)

「「出版指標」の統計と現在の出版業界」
 原正昭(はら・まさあき) (出版科学研究所所長)

 
 1956年2月に東販(現、トーハン)の一機構として誕生した出版科学研究所(以下、出科研)による出版市場統計・動向調査は、研究者ばかりでなく編集者、出版社、広くマスコミに必読データとして活用されている。一民間機関が1950年代から継続的に出版統計を出している国は他にないとも言われている。
 この度、出科研所長の原正昭氏、研究員の柴田恭平氏にご登壇いただいた。その内容は1.全国出版協会・出科研の歴史や現在の成り立ち、2.出科研の統計算出・編集業務と課題、3.出科研の数字から見る現在の出版業界、と大きく三つになる。「出版指標」の編集方法・問題点や数値から見える今日的課題など、様々なデータを元に説明された。
 講演中何度か登場したキーワードに「持続可能」がある。このキーワードには現状の危機感とあわせ、「内側」である出科研の使命と、とりまく出版業界である「外側」に強い意識とメッセージが込められていると感じた。
 内側、つまり出科研内での「持続」とは、設立の経緯・歴史を踏まえ、正確な統計数字を継続的に公開し続ける体制であり、具体的には出版ニュースやアルメディアなどの調査事業が休止になる中でも統計の公開を継続する、コア事業の「季刊出版指標」「出版指標年報」に注力し人員減数も含め研究機関の持続を図る、効率的で持続可能な事業を目指しデータの共有化をはかる、といったことである。また、外側に向けての「持続」とは出版社ばかりでなく、書店、取次も持続可能な業態を支えるためのデータ提示であり、それは広く出版流通や業界全体への未来志向ある問題提起ともなろう。もちろん持続可能の観点には、中小の印刷所、製本所も含まれている。
 提示された資料からいくつかポイントを抽出してみる。取次ルートを経由した2023年の紙(書籍+雑誌)の市場は、対前年比6.0%の減、1兆612億円である。このままでは2024年には1兆円割れになる予想も出ているが、もし1兆円となれば1976年の半世紀前の水準に戻ることになる。電子出版市場ではコミックが伸び率を示すも、全体のマイナス分をカバーしている状況にはない。現状の大きな課題として引き続き残るであろう。
 次に「消費者物価指数と実質賃金指数、書籍平均価格指数の推移」のグラフにより2014年から書籍価格が上昇し、もともと安いと思われていた書籍が一気にアップしたことがわかる。消費者物価指数とほぼ同じだった2005年ごろから少しずつ定価が上がっていれば読者の反応や、業界全体の様相も変わっていたことも予想される。
 定価アップと関連性もある返品率を見てみると、2023年の返品率は書籍33.4%、週刊誌47.3%となり、雑誌の厳しさが継続する中「書籍を中心とした新しい出版流通の実現」、「書店復権のための利益率の改善」が大きなポイントとなり、出科研としてはより返品率に注目しているとのことである。返品率に関連する新刊委託数に関しては、今後AIなども活用し需要予測からの効果的販売も目指すことになるのではとのお話があった。
 なお、出科研の統計算出でよく話題に上がる直販データの集約については、多くの出版社、書店から幅広い取材と調査が必要であり現状での困難さがあるとのこと。電子出版も同様に出版社、電子書籍ストア、電子取次会社への取材・ヒアリングを年2回行い2014年から算出しているが完全という状況にはない。また、書店の閉店数が増えている中、いわゆる「独立系書店」が増えている状況があり、売上実態調査を含めもっと業界として積極的に取り組む必要があることを今日的な観点の一つとして報告された。
 定期的に統計データを算出し、月次も出し、しかも国からの支援もない中でできるのは取次が発達し圧倒的な規模があり、継続的にデータを入手できるからである。ある面、寡占化のメリットもあるが、もちろんここには多くの出版社、書店の協力が引き続き必要であろう。
 会場からの質問として、出版指標の「本書の統計の読み方」記述内容について、公的機関と共同での出版統計の可能性、電子図書館サービスの統計、ECサイトの売り上げについて、価格高騰と販売部数の影響など、幅広く頂いた。
 データの集積を単なる一機関の事象として捉えるのではなく、出版社、書店、取次はどのように次に繋げていくのか、「出版指標」を元に「持続可能」な出版流通を参加者と一緒に考えた空間となった。今後も算出データをめぐる継続的な研究会開催を期待したい。
 
日 時: 2024年2月8日(木) 午後6時30分~7時45分
会 場:オンライン開催(Zoom)
参加者:参加登録88名、当日参加者54名(内会員20名)
(文責:飛鳥勝幸)