電子「書籍」の再販について考える 鈴木 藤男

 出版流通研究部会 発表要旨(2013年11月12日)

電子「書籍」の再販について考える

-公正取引委員会への異論―

鈴木 藤男

 紙の出版物が“再販商品”であるのは、周知の事実だが、なぜ、電子書籍は、“非再販”なのかは、あまり、論じられてこなかった。「電子書籍」を巡るさまざまな動きのある昨今、再販制度の意義を改めて考えたい。報告者は、NPO法人 わたくし、つまりNobody副理事長の鈴木藤男さん。

 「電子書籍」を巡るさまざまな動きのある昨今、いまこそ再販制度の意義を確認し、わが国の言論と表現、そして出版の未来を約束するものとして認識を新たにしておく必要があるように思う。

 

1.市場経済では語ることのできないのが「著作物」
 書籍にとって、再販の意味するものとは何であろうか。再販制度は独禁法の例外規定として設けられており、出版社が設定した書籍の価格すなわち「定価」を、その書籍が読者の手に渡るまで維持してよろしいとする一種の特権と言えるだろう。なぜ著作物の価格だけがこのように保護されているのであろうか。
 市場とは、「反復消費」と「代替消費」が前提となる経済競争が行なわれる場と規定しても差し支えないだろう。市場におけるこうした自由な競争を保障しているのが、まさに独禁法にほかならない。
 ところが、著作物とくに書籍という商品には、この前提条件が決定的に欠落している。誰もが同じ本を繰り返しは買わないであろうし、高価だからといって別の内容の本に代替できるわけでもない。一人の読者における購読行為は、一冊の本に対する一回限りの消費であり、そこで求められているのは広範な検索利便性と将来にわたる購読機会の公平な享受なのである。
 一方、書籍に反復消費と代替消費がないということは、自由で闊達な競争行為が発生する余地に乏しく、一般的な市場経済の概念では捉えることができない商品であることを示している。書籍の販促の現場で所謂マーケティング理論が意味をもたないのもこのためだ。
こうした点に、書籍というものがもつ、独禁法が定める垂直カルテルの禁止に抵触しない特性が見えてくる。著作物とりわけ書籍は、一般的な市場経済で売買されている商品とは性質を異にしているのだ。これこそが、流通や販売といった経済活動の側面から見た場合の書籍を再販品目として独禁法の規定の例外とした大きな理由であることを先ず指摘しておきたい。

2.再販は、何を保護してきたのか
 では書籍の価格を維持することで、何が保護されているというのであろうか。
 従来、この問題を論ずるに、維持される書籍の価格は出版社が設定する定価なのだから再販は出版社の価格決定権を守るものだとか、あるいは取次や書店の利潤を守るものだ、といった議論がされてきたように思う。その結果、書籍の再販は、しばしば出版界や書店業界の既得権を保護するものと理解され、読者の不利益を生むものと批判されてきた。こうした批判は、再販制度を一般的な流通問題として短絡的に捉えたことによる皮相な議論である。
 再販の本来的な意義として、書籍の定価制が著作者を保護していること、それが著作物の多様性を担保し、読者の利益につながっているとの観点は重要である。
 以上、わが国で書籍が再販として遇されている情況を通じて再販の意義を考察してみた。ただし、再販制度の意味は、定価販売すなわち価格拘束をしてもよろしいという例外規定であって、そうしなければならないという硬直的な規定でないことも同時に理解しておかなければならない。
価格拘束と割引販売は全くリンクしていない。著作者の了解を得て出版社が割引販売を行なうのは再販を毀損することにはならないことを付言したい。

3.電子書籍についての奇妙な言説
 書籍における再販の意義は、電子書籍についても当然のごとく当てはまるものと考えられる。両者は共に「書籍」であり、そして何よりも「著作物」だからだ。ところが、電子書籍は再販品目ではない旨が語られている。公正取引委員会ホームページ「よくある質問コーナー」Q14によると、
 Q:電子書籍は、著作物再販適用除外制度の対象となりますか。
 A:著作物再販適用除外制度は、昭和28年の独占禁止法改正により導入された制度ですが、制度導入当時の書籍、雑誌、新聞及びレコード盤の定価販売の慣行を追認する趣旨で導入されたものです。そして、その後、音楽用テープ及び音楽用CDについては、レコード盤とその機能・効用が同一であることからレコードに準ずるものとして取り扱い、これら6品目に限定して著作物再販適用除外制度の対象とすることとしているところです。また、著作物再販適用除外制度は、独占禁止法の規定上、「物」を対象としています。一方、ネットワークを通じて配信される電子書籍は、「物」ではなく、情報として流通します。したがって、電子書籍は、著作物再販適用除外制度の対象とはなりません。
この言説が不可解なのは、次の二点で、著作物の本質を無視している点である。
 (1)電子書籍は「物」や「情報」ではなく、正真正銘、「著作物」そのものである。
 (2)著作物は、その形態が有体物であろうが、無体物であろうが、著作物である。
 そもそも電子書籍は、既に書籍として発行されている著作物を電子書籍化する例が示すように通常の紙の書籍と不即不離の関係にある。ある著作物を出版社が発行するときに、通常の書籍は再販だが、電子書籍のほうは再販ではないというのは極めて具合が悪いのだ。たとえば、電子書籍が実勢価格で売られるなら、それを見た著作者はどう感じるだろう。書籍の定価が崩れることを怖れたり、自分の作品はもう紙の本では売れなくなる不安に襲われたりするのではないか。それだけでなく、作品の電子書籍化を許諾しないと言い出すかもしれない。これでは電子書籍時代の到来など、とても覚束ない。著作物再販適用除外制度の運用では、電子書籍も当然に再販の対象としておくべきなのである。
公取委が著作物の再販制度の本義を再考され、尊重されることを、強く望みたい。

 出版物の主人公は二人いるのだ。一人は著作者であり、もう一人は読者である。「反復消費」と「代替消費」のない書籍という商品を扱う出版業や書店の営みは、彼らを支えるサポーターとして存在しているのではなかったか。これからの出版は、こうした自覚から再出発するように思われてならない。
 昨今の「出版物に係る権利(隣接権)」騒動の反省に立って、今後は、可能なかぎり著作者に権利を集中させることが必要となるだろう。また、電子書籍を再販の対象とすることが必須となるであろう。わが国における電子書籍時代の到来と、出版の未来は、そこに懸かっていると思われる。
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 新潮社で出版VANの設立などにも尽力された鈴木藤男さんは、現在「パブリシングリンク」の社長として活躍されている。
その熱き想いが伝わってくる興味深いお話が続き、質疑も活発に行われた。

 参加者は、会員12名、一般9名の計21名(会場:八木書店会議室)。(文責:出版流通研究部会)