「グーグル問題」とは何だったのか  樋口清一 (会報127号 2010年3月)

■ 「グーグル問題」とは何だったのか (会報127号 2010年3月)

樋口清一 

グーグル書籍検索に関する修正和解案の審議は,今年2月18日の公聴会によって再開されたが,裁判所が修正和解案を最終的に承認するかどうかの結論が出るまでには,数週間から数ヶ月を要するとの見込みであり,予断を許さない状況になっている。

公聴会では,26団体が意見陳述を行い,21団体が修正案に反対,5団体が賛成の意見を述べ,日本からは,日本ペンクラブ言論表現委員会の山田健太委員長が出席し,表現の自由への懸念を述べた。
これに先立って,2月4日,米国司法省が意見書1)を提出し,当初の和解案で指摘した独占禁止法上の懸念等いくつかの問題が修正案でもなお解決されていないと表明している。意見書では,著作権者不明の著作物(orphan works)を独占的に利用可能にしていることや,価格設定方法についても独占禁止法上の懸念があると述べ,また,集団訴訟(class action)の適切な限界を超え,著作者及び出版社という設定された集団におけるすべての対象者を代表しているといえるかどうかに疑問があり,集団訴訟の形式を維持するためには更なる何らかの救済措置(safeguard)が必要であるとの見解を発表しており,この司法省への懸念に対して,裁判所がどのような判断を下すのかが焦点となろう。
 
この和解案の去就がどうなろうと,この訴訟和解をめぐる騒動が,全世界の著作者及び出版社に与えた影響は大きいものがある。各国での反応も様々であり,特にフランスやドイツの政府や出版団体が和解案に反対したことが,修正和解案をもたらした大きな要因であるといえよう。結局,修正和解案で日本の著作物は,米国著作権局に登録されている僅かなものを除き和解の対象外という扱いとなったが,それに対する評価についても,和解から外れたことを歓迎する意見から,和解の対象になっていた方が著作者や出版社の利益を守れたのではないかという意見まで様々な反応がある。今の時点でどの意見が正しいかを判断することは難しいが,少なくとも,権利者の利益を守るためには,グーグルが今後取るであろう行動に対して主体的に働きかけ,一定のルールを作っていくことが必要であることは間違いないであろう。
今回のグーグル書籍検索に関する訴訟は,そもそもグーグルが著作権者等の許諾を得ずに図書館の蔵書をスキャンし,書籍検索およびスニペット表示2)に利用しようとしたことが米国著作権法107条に規定する公正使用(fair use)に当たるかどうかが争われたものである。しかし,2008年11月に原告である,米国作家協会と米国の主要出版社5社とグーグルによって合意された和解案では,フェアユースに該当するか否かという論点は棚上げされ,スキャンしたデジタルデータをより広範にかつ新しいビジネスモデルとして,利用することを内容としていたことから,当初の著作権訴訟の枠を超えて,極めて大きな問題に発展した。
また,和解が集団訴訟という形をとったことで,米国内の権利者にとどまらず,米国内で著作権主張ができる全世界の権利者に効果が及ぶとされたこと,和解から離脱するためには,個々の権利者がその旨の意思表示をしなければならないという集団訴訟に付随する手続き(opt out)が,事前の許諾に基づいて著作物を使用するという著作権における従来のルールから見て逸脱していると考えた者が多かったということが問題をさらに複雑にした。和解が,集団訴訟とオプトアウトという手続きに慣れている米国民だけを対象にしていればこれほど大きな問題には発展しなかったかもしれない。唐突に和解の対象であると宣告されたという印象を米国外の多くの国の権利者が抱いたことは確かである。米国内ではさほど珍しくない集団訴訟がその他の国では馴染みのない法制度であるという認識が,米国の和解管理者には薄かったために説明が不十分になってしまったということであろう。
さらに,一民間企業による情報の独占が,表現の自由に対する脅威であるとの批判もなされた。グーグルの行ったデジタル化は非独占的な使用であり,情報の独占にあたるかどうかは争いがあるところであろうが,グーグルという海外の巨大資本が日本の著作物を含んだ世界中の文献情報を検索可能にしてしまうことへの危機感が高まったことも確かである。
日本では,国立国会図書館における蔵書のデジタル化のために127億円という,従来の同館におけるデジタル化予算のおよそ100年分に当たる金額が補正予算で措置されたことも,グーグルへの対抗策が必要であるとの認識があったからではないかと推測される。また,同館のデジタルアーカイブ構築が急速に進む可能性が出てきたことで,そのデジタルデータを活用するための仕組みづくりを目指す「日本書籍検索制度提言協議会」3)が2009年11月に発足し,2010年3月に提言を発表する予定であると公表した。しかし,解決すべき問題は山積しており,その提言にどの程度の内容が盛り込めるかについては現時点では明らかでない。
そもそも,「グーグルに対抗」して日本で同じような検索システムを構築できれば問題は解決するのか,ということが十分に論じられていないという印象を持つ。検索システムとして優れているかどうかの指標のひとつは,如何に多くの情報を検索可能にしているかということである(もちろんこれだけではない)が,その点でグーグルがあえて採用したOpt out方式の結果は圧倒的である。今後,どんな主体であれ,手続き的には正しいOpt in方式での情報収集を試みても,グーグルを上回る情報量を収集することはできないだろう。(ちなみに,国立国会図書館における「保存のための複製」は,2010年1月に施行された著作権法改正によって,著作権の権利制限規定を追加することによって行われることになったが,これは保存目的に限定されたものである。)
筆者は,グーグルの行動を支持する立場には立たないし,オプトアウト方式に賛成するものでもない。しかし,グーグル問題の本質に関わる論点として,グーグル的なもの,すなわち,あらゆる文献を横断的に全文検索できるという環境を実現することが,(その主体がグーグルであるか,その他の民間会社であるか,あるいは国家の運営する中央図書館であるかはともかく),究極の目標として望ましいと考えるか,そのようなものはなくても構わないと考えるか,さらにそのようなものは存在すべきではないとして否定するかが,問い直される必要があると考えるものである。

 


1)Statement of interest of the United States of America Regarding Proposed Amended Settlement Agreement(2010.2.4)
2)ある語で検索をかけた際に,検索用語を含む数行分が最大で3個,文献の書誌情報とともに表示されるもの。
3)日本文藝家協会,日本書籍出版協会,森・濱田松本法律事務所によって構成され,さらに,国立国会図書館の長尾真館長が相談役として参加している。座長には,松田政行弁護士が就任している。

(日本書籍出版協会)