経営者の出版活動と文化作品としての書籍――成長期に突入した出版実現文化と企業出版  主藤孝司 (2009年5月 春季研究発表会)

■ 経営者の出版活動と文化作品としての書籍
  ――成長期に突入した出版実現文化と企業出版 (2009年5月 春季研究発表会)

 主藤孝司

概要:本研究は,昨今増加傾向にある経営者の書籍出版活動とその著者企業への経営効果を調査し,企業経営者による出版活動の価値と問題点を研究していくことを目的とする。

書籍出版が著者へもたらす効果
 元来出版活動は,国王や国家又は聖職者によってしかなすことができなかった歴史的経緯がある。著者たる国家や国王自身,或いは教祖による組織運営のルール(法律,戒律など)の周知が目的となされ,自身の権威付けや権力誇示が目的ともされていた。
 ここで,出版が行われることによって著者にどのような効果がもたらされるかを考えてみる。大きくその効果には次の3つがある。
・ブランド効果
 まず,著者には,社会的ステータスや信頼感が発生する。その理由は前述のとおり,そもそも権威ある者しか著者にはなることができなかった歴史的経緯があるからである。著者となるためには,高度な知識がいつの時代にも求められていた。今でも書籍を出版すると自動的に「先生」と呼ばれるようになるのも,このような理由からである。
・統率効果
 次に生まれる効果は統率効果である。もともと国家や国王は国で定めた法律を国民に周知,徹底し国民を統率することを目的とし書物によってそれを行っていた。「文字」は言葉の延長であり,「文字」は言葉では超越できなかった時間と距離の物理的限界を簡単に飛び越えることができるため,時代を経てまでも,必要なことを広く多くの人々へ知らしめ,守らせるための道具として文字の塊である書籍が用いられたのである。その結果,それまでは周知させることができなかった距離にある人々にも,国家の法律を知らしめ,順守させることが可能となり,組織を統率し,国家平定に貢献してきた。
・仲間集め効果
 さらに,書籍には著者の思想や考えはもちろん,著者自身の生い立ちやこれまでの経験,そして未来についての著者の考えが書かれることが多い。あるいは将来,自分たちの生活がどのようになるのかを著者が書籍にて予言していることもある。そのため,それら書籍の内容に賛同し,共感してくる者が自然とあらわれてくる。その共感や賛同の度合が強ければ強いほど,彼らは著者の活動を支援したり,行動を共にしていきたいと希望してくる。これは仲間集めであり,そこに金銭の授受があれば,それは労働に対する報酬であるか,商品やサービスに対する対価であった。つまり今でいう「給料」であり「売上」である。

成長期に突入した「出版実現文化」
 出版を自ら実現する行為を「出版実現文化」と定義し,それを一つの業界ととらえ,その趨勢を見てみる。商品や市場の成長性と将来予測を行う時にマーケティングでよく用いられる「ライフサイクル分析」を活用する。グーテンベルクの活版印刷が発明された1450年を出版実現文化の起点ととらえる。(※注)
 ライフサイクル分析を行うために次に必要になる作業は,新規参入者が相次ぎ,同じような活動を行う人々が一気に増えた時期の特定,又はその市場を構成している商品価格が一気に低下した時期の特定である。それは労力的にも経済的にも時間的にも急激に出版を実現しやすくなった出来事つまり,書籍を製作するまでにかかるあらゆるコストが一気に低減し,無料に近い状態になったとき,その時こそ新規参入者(新人著者)が相次ぎ,同じような活動を行う人々が一気に増える時期(成長期突入時期)である。
 それはパソコンが本格的に普及し,さらに定額制のブロードバンドサービスの商用利用が相次いでスタートした西暦2000年頃だと言える。なぜなら,これらパソコンとブロードバンドの出現により,出版を実現するために不可欠である紙と筆とインク代が事実上ゼロになったからである。これは大革命に匹敵する歴史的事実であり,このころを境に,誰でも紙と筆とインクがなくても文字を書き残すことができるようになった。執筆活動が事実上コストゼロでできるようになった歴史的転換点である。またブロードバンドによって,執筆に不可欠なあらゆる文献調査や下調べが劇的に安く早く大量に行うことができるようになった。これも出版実現を容易ならしめた歴史的転換点である。昨今当たり前のように行われている「ブログ」はその象徴的なツールである。
 ライフサイクル分析の結果,「導入期」は1450年から2000年までの550年となる。ライフサイクル分析についての詳細は割愛するが,この流れであれば成長期も550年続くことになる。つまり,今後ますます今以上に出版実現が容易な時代になり,誰もが事実上ゼロのコストで出版できる時代が当たり前になってくると言える。その流れを後押しするのがIT技術であることは明白である。
 また,「出版実現文化」が成長期に突入したことから台頭してきたのが,出版実現を支援する「出版支援文化」及びその市場「出版支援業界」である。出版企画製作代行業,版元決定代行業,執筆代行業,出版契約交渉代行業などがそれである。これら出版を実現するための支援分野の勃興が,経営者の書籍出版実現にも大きく影響を及ぼしている。

今後の課題
 今後の課題は,成長期特有の現象である「品質の問題」がこれら企業出版書籍の課題となってくる。これは成長期に突入した業界で必ず発生する現象の一つである。出版物の品質とは,読者にとって価値ある内容かどうか,ということである。読者軽視の書籍は今まで以上に淘汰される時代になってくる。しかし一方で,企業がより効率的な活動を行う流れは今後ますます顕著になってくると予想される。そういう状況の中で,読者,著者,出版社の三者がともに価値を得る出版実現文化が発展していくことが望まれる。それを実現するために,今まで以上に本作りの専門家たる編集者,プロデューサー,エージェントの役割が大きくなってくるであろう。

※注
 それ以前にも出版活動は広く行われていたが,本格的な著作物の複写が可能になった印刷技術の発明が,より多くの人々に出版機会を創出していったのは大きな歴史的事実である。そのため,広く文化として広まっていく可能性が人類にもたらされたグーテンベルクの活版印刷技術の発明を出版実現文化の起点と位置づけた。またこの場合,東洋アジア圏に於ける印刷技術の発明,発達は割愛し,西洋に於ける印刷技術の発明発達であるグーテンベルクの活版印刷技術に便宜上スポットを当てて論じていった。
・ライフサイクル分析とは,「ロジャーズの普及理論によるベルカーブ」或いは「Sカーブ分析」とも呼ばれている,一般的な市場分析法の一つ。普及分析とも呼ばれている。
・本稿での「企業出版」とは,著者名又は書籍タイトルに経営者,創業者,企業名又は店舗名,商品名,サービス名が含まれている書籍を「企業出版」と定義し,その他純粋な文化作品としての書籍と区分した。

参考文献
・『グーテンベルクの銀河系』マーシャル マクルーハン著,森常治訳 みすず書房
・『メディアの法則』 マーシャルマクルーハン著他,NTT出版
・株式会社アップルシードエージェンシーのホームページ http://www.appleseed.co.jp/

(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)