中小出版社における「出版営業のIT化」の影響――業務フローの変化と標準化への指向  高島利行 (2009年5月 春季研究発表会)

■ 中小出版社における「出版営業のIT化」の影響
  ――業務フローの変化と標準化への指向 (2009年5月 春季研究発表会)

 高島利行

 春季研究報告会での発表は,本来であれば非常に膨大な量となってしまう実務面の話題をコンパクトにまとめるのが予想以上に大変で,後半はやや早口になったうえ時間も若干オーバーする内容となった。
 やや駆け足気味に触れた基本的なデータの共有化と標準化についてだが,その後,共有書店マスターユーザー会が書協に統合されるという大きな変化もあり重要性はさらに増している。また,ここへ来て大きな話題となっている国会図書館による書籍のデジタル・アーカイブ化,いわゆる長尾構想に出版業界がどう答えるのか,それについても共有化・標準化の話題はついて回っている。さらに言えば,Google問題を機に改めて浮上した在庫ステータスの問題も見逃せない。デジタルな空間でのアーカイブ化と情報の流通について出版社がより積極的・主体的に関わっていくためには,今までなおざりにしていた用語や概念の共通化から始めなければならなくなっているが,これらについての動きも気になるところではある。
 物流現場における実務レベルでの大きな変化・話題として書籍現地故紙化の実現をあげておきたい。従来,雑誌において実現されていた現地故紙化を書籍にも適用しようという流れは,下げ止まらない返品率を前に物流コストを削減するための切り札とも言える試みである。あくまで対症療法であり返品を減らすための根本対策ではないのではないかという見方もあるが,書籍流通の現場において返品に対する業務と常なる改善は不可欠の課題であり,当事者としての弊社に於ける試みと現状についてはまた場を改めて報告したい。
 研究発表の中では触れることができなかったが,EDIへの取組の具体化の結果として発注情報の流れが変化し脱短冊が図られていることも重要な変化である。取次による発注端末だけでなく出版社による受注サイトの活用などにより書店から出版社への電話注文・FAX注文は徐々にEDIへと置き換わりつつある。EDIが店舗オペレーションの省力化・物流の効率化に与えた影響の実証については大きな関心を持っているが,これはさらなる可能性を含んだ課題であり,取次と出版社を結ぶ新・出版ネットワーク(出版VAN)に書店がいかに関わるかという問題も含んでいる。今後はそうした点にもより注目していきたい。
 情報の共有化・標準化のための出版社や書店による協業の試みについても研究報告で触れることはほとんどできなかった。従来行われていた協同の試みとは趣の異なる協業の試みとして版元ドットコムやNET21といった出版社書店によるIT化を前提とした協業の試みは,規模の問題以上に大きなインパクトを与えつつある。これらの取り組みが何を成し遂げ,これからさらに何を築き上げていくのか,そして,中小の協業だけでなく,欧米において顕著であった出版社の合従連衡の可能性についての考察も,今後の課題としたい。

(初出誌:『出版学会会報125号』2009年10月)