質的調査としての雑誌研究とその教育  橋本嘉代 (2011年5月 春季研究発表会)

■質的調査としての雑誌研究とその教育
 (2011年5月 春季研究発表会)

 橋本嘉代

 社会調査の方法による分類(盛山 2004)に沿い,出版研究で行われる分析のパターンを整理すると,・制作者/読者への調査票調査 ・制作者/読者へのインタビュー調査 ・制作現場などへの参与観察 ・ドキュメント分析(手紙,日記,書籍,雑誌記事などの文書や記録を収集し,データとして分析するもの。内容分析や言説分析) ・既存統計資料分析(すでに統計化されたデータを分析するもの)などに分類される。なお,何らかの観測対象の個体群の中で諸個体がとる値の分布からなるものが統計的データであり,それを用いたものを統計的分析とするという定義で,本報告では・以外は質的調査と位置づける。・に含まれる内容分析ではコード化したテキストを対象に統計的分析が施される場合もあるが,「質的データを統計的に分析する手法を代表するもの」(盛山 2004)とみなし,質的調査に含める。
 ここ数年,「質的研究ブーム」(佐藤 2008など)が指摘されており「質的研究の再評価の気運が高まった」とする声もある。ドキュメント分析の場合,すでに亡くなった過去の人々の心理や心情について書かれた記録から迫るという歴史研究的アプローチのほか,同時代の人を対象とする場合でも,直接インタビューや調査票調査を行う場合に,対象者が調査を意識しての緊張や過敏な反応,意図的なはぐらかし等を避けられるなどの利点がある。また,研究テーマとしては“一億総中流時代”が終焉した1990年代以降,「個人化」「多様化」をめぐる議論への関心が高まり,事象に対する人々の主観的な意味づけや多面的な対象の全体像の把握が求められるようになったが,ここでも質的研究法の利点が生かされる。なお,質的調査への再注目は,時期としては,日本で大規模かつ継続的に行われてきた社会調査の回収率が漸減(1950年代:80%以上→2000年代後半:50~60%)し,さらに個人情報保護法(2003年成立)で実施困難になってきた時期と重なる。
 「質的研究はどんな技法を用いてもよい開放性と,技法らしきことを使わなくても成立することが可能という脆弱性」を持つ,と盛山(2004)は指摘する。また,木下(2003)は質的研究を教育する際に「・質的研究とその方法一般を論ずる ・特定の質的研究について説明する という両方が必要」と述べる。
 社会調査の研究スキルの向上を目的とし,資格として認定する動きとして一般社団法人社会調査協会が認定する「社会調査士」「専門社会調査士」制度があるが,カリキュラムは木下が指摘する二つの面を網羅している。ただし,量的調査の教育法がある程度確立されているのに比べると,質的研究法は,前述の開放性と脆弱性の問題があり教育的なメソッドの確立と伝達が困難といえる。また,同協会が認定する資格制度の参加校における具体的な教育内容は,調査票を用いた統計的な調査が比率としては優勢で,質的調査の分野では参与観察やインタビューなどが多くドキュメント分析は少ないという偏りもみられる(注1)。
 質的方法と量的方法を組み合わせた混合研究法(mixed method research)を追求する傾向が強まっている(谷,芦田 2009)が,近年の雑誌を対象とするドキュメント分析においては,記事の本数や言葉の数を把握して全体的な傾向をつかんだ後,言説分析やインタビュー調査を組み合わせてさらに深く考察する手順をとるものもある(橋本 2010,天童・高橋 2011など)。今後の出版研究においては,複数のメソッドを組み合わせることでより説得的に論じる可能性を検討することが求められると思われる。そのための教育制度の充実も課題であるといえる。

(注1)社会調査士・専門社会調査士資格制度参加校 認定科目一覧を参照。
  http://jasr.or.jp/content/participant/organ_index.html

参考文献
赤川学,2009,「言説分析は,社会調査の手法たりえるか」『社会と調査』3:52-8
橋本嘉代,2010,「女性雑誌にみられる『働くこと』の意味づけの変容」『人間文化創成科学論叢』13巻
木下康仁,2003,『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践 質的研究への誘い』弘文堂
佐藤郁哉,2008,『質的データ分析法――原理・方法・実践』新曜社
盛山和夫,2004,『社会調査法入門』有斐閣
谷富夫,芦田徹郎編著,2009,『よくわかる質的社会調査 技法編』ミネルヴァ書房
天童睦子・高橋均,2011,「子育てする父親の主体化――父親向け育児・教育雑誌にみる育児戦略と言説」『家族社会学研究』23(1):65-76
吉川徹,2010,「拒否増加にいかに対応するか」『社会と調査』5:16-25