「出版実務教育の現状と課題」についての一考察  下村昭夫 (2012年5月 春季研究発表会)

■ 「出版実務教育の現状と課題」についての一考察
 ――「出版技術講座」30年と短大での出版教育の経験の中から
 (2012年5月 春季研究発表会)

下村昭夫

1.戦後の「出版実務教育」の歩み
 出版業界における出版実務教育の歴史を遡ると,1945年には,主婦之友社が始めた『男子婦人記者養成講習会』が開かれており,廃墟の中から「編集者学校」が生まれたことに出版再生へのエネルギーを感じる。
 1964年になると,出版七日会が新人向け『出版基礎教育講座』を発足させている。
 同年「職能の確立」を高く掲げ,吉田公彦氏や小林一博氏らの努力で本格的な『日本エディタースクール』が開校され,今日まで,日本の出版実務教育の中心的役割を担ってきたことは特筆に値する。
 1966年に開設された大宅壮一氏の『東京マスコミ塾』の伝統を受け継ぎ,林幸男氏によって『出版ビジネススクール』が開校されており,今日に至るまで,700回ものセミナー形式での「出版実務教育」が行われている。
 1968年になると,日本出版クラブ主催の新入社員向け『本づくり講座』が始められた。以来,中堅社員講座も含め,途切れることなく講座が開催されてきた。
 2010年から,講座の内容を充実させ『本づくり講座・校正講座・DTP講座・営業入門講座・電子出版講座・出版経営講座・出版マーケティング講座』などを開催している。
 1972年には,出版七日会の『出版基礎教育講座』が日本書籍出版協会へ移管され,以後,書協は,「出版人教育研修事業」を毎年立案し,『本づくり講座』など短期・中期・長期のプログラムで新人・中堅・幹部社員の出版教育に定期的に取組んでいる。
 1980年には,日本出版労働組合連合会(出版労連)が,『職業技術講座』を発足させ,82年からは,名称を『出版技術講座』と改め,以来32年間に亘り,労働組合の「本の学校(夜間講座)」を定着させている。
 1995年には,鳥取県米子市に,書店人のための『本の学校』が誕生した。老舗の今井書店グループの永井伸和氏らのご尽力による賜物であるが,その範をドイツの『フランクフルト書籍業学校』に求め構想を練ったと伝えられる。
 2012年3月『NPO法人 本の学校』として生まれ変わった。

2.出版の仕事と職能教育
 改めて,職能教育の必要性と課題を整理してみよう。
 編集と製作全般に触れた古典的名著にスタンリー・アンウィン氏の『出版概論』が挙げられる。その中で,アンウィン氏は編集の心を解き明かしているが,翻訳者の布川氏と美作氏は,「書物の執筆-編集-製作-販売という,物心両面にわたる複雑微妙な過程に関係あるすべての人びとに,「出版の真実の姿」を理解してもらいたいと志している」とアンウィン氏『出版概論』の原点を紹介している。
 また,鈴木敏夫氏は,『基本・本づくり』のなかで,出版人に必要なABCにふれ,「ABCとは,Art(芸術),Business(営業実務),Craft(技術)を略したものです。アートは,“芸術”と直訳するより,“知的創造力”(企画力に通じる)といった方がいいかもしれません」と芸術家と職人の同居した編集者像を描き,「ABCの三つをマスターしてプロ精神に徹して欲しい」と述べている。

3.大学における出版実務教育
 日本における大学教育の中で,正式に「出版学科」を設けている学校は皆無に等しく,「新聞学」の一環であったり,「メディア論」の一環であったりする。
 その中で,実践女子短期大学/日本語コミュニケーション学科の出版編集コースや4年制大学としては唯一の大手前大学/メディア・芸術学部の出版編集専攻コースにおける出版教育は数少ない例といえる。
 実践女子短大の日本語コミュニケーション学科は「2年間で大学と同等の教養を身につけること」「2年間で社会の一員として企業で働ける実務能力を身につけること」を目標としており「情報スキルコース」「コミュニケーションスキルコース」「出版編集コース」がある。
 出版の中心となる編集知識から原稿校正技術までを一貫して学ぶとともに,幅広い文章作成能力や技術を修得することをめざしている。
 出版編集コースのカリキュラム構成については,日本エディタースクールの「昼間部総合科2年過程」のカリキュラムを基本としており,講師派遣の協力も得ている。

4.夢を育み「本づくりの心と技」を伝え続けて30年
 報告者が,出版労連の『本の学校=出版技術講座』に携わって,出版実務教育の経験は,2010年で“30年”になった。
 いわば,“本づくりの心と技”を30年間,語り継いできたことになる。
 定年後,2001年から日本エディタースクールの実務教育(12年),日本書籍出版協会の実務教育(3年)などを経験し,2010年から,日本出版クラブの「本づくり基礎講座」なども担当して,各種の「日本出版クラブ講座」をプロモートさせていただいて3年になる。
 それらの実務教育で培ったスキルやノウハウを実務経験のない学生や受講生に「出来るだけ,やさしく,興味深く,どのように教えるのか」が問われている。
 時代の要請は,ますます「多面的,且つ,実践的な人材」を求めている今日,業界団体の実施する出版実務教育や出版労連の『出版技術講座』の発展を願っている。
 また,総合的な“出版編集コース”をもつ,実践女子短大の日本語コミュニケーション学科・出版編集コースや大手前大学のメディア・芸術学部・出版編集専攻コースの役割は,今後,ますます大きくなろう。