ベルトランの理論的枠組みから見た日本の出版界のメディア・アカウンタビリティー・システム 阿部圭介 (2015年5月 春季研究発表会)

ベルトランの理論的枠組みから見た日本の出版界のメディア・アカウンタビリティー・システム

阿部圭介
(東洋大学大学院社会学研究科院生)

1.本研究の目的,意義,方法
 本研究は,クロード・ジャン・ベルトランが提示した「メディア・アカウンタビリティー・システム」(MAS)を枠組みに使い,日本の出版界のアカウンタビリティー対応を検証し,その特徴を明らかにすることを目的にする。これにより,今後,日本でもアカウンタビリティー研究をマス・メディア研究の一分野として確立し,研究を進めるための基盤を作る一助となるだろう。

2.ベルトランのメディア・アカウンタビリティー・システム(MAS)
 ベルトランは,メディアのアカウンタビリティーをめぐる組織や制度を網羅した「メディア・アカウンタビリティー・システム」(MAS)を提唱した。MASは,メディアの内部関係者または利用者を参加者とし,「教育」「評価(批評)」「モニター」「フィードバック」という4つの基本的手段で行われる。メディア評議会制度やジャーナリズム評論誌は,特別なMASとして挙げられている。メディア評議会制度は,擬似評議会(政府の代理人を含む)・準評議会(メディア外の人物を入れていない)・真正評議会(メディア人と非メディア人で構成)に分けられている。

3.日本の出版法制・出版規制の現状と出版界の対応
 日本の出版界では,法規制等をめぐっては主に,猥褻問題を中心とした「悪書」「有害図書」規制や,名誉毀損訴訟で賠償額の高額化への対応が行われてきた。
 1963年に出版4団体で構成する出版倫理協議会が設置された。2001年には,第三者機関として「出版ゾーニング委員会」が設置された。雑誌協会は2002年,雑誌人権ボックスを設置した。出版界独自の対応ではないが,1958年にはマスコミ倫理懇談会が設けられた。1969年には出版学会が設立され,多くの出版社が賛助会員となっている。

4.『僕はパパを殺すことに決めた』事件――講談社の対応
 出版界にとって第三者機関が注目されることになった,『僕はパパを殺すことに決めた』事件とその対応,対応への当時の評価を見たい。
 講談社は2007年5月,草薙厚子著『僕はパパを殺すことに決めた』を発行した。同10月,取材源となった鑑定医が秘密漏示罪で逮捕されたことを講談社は重く受け止め,同月,第三者だけで構成する「『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会」を設けると発表した。
 調査報告書の提言では,まず,調査委を設けたことは必ずしも歓迎すべき措置とはいえないが,公権力介入を防ぎ,社会的責任から必要だと評価した。その上で,研修の機会を設けることや,編集オンブズマンの設置などを提言した。
 講談社は,「出版倫理とは外部から与えられるものではな」いとの見解を示し,編集オンブズマンの設置の提言には応えず,社内に「出版倫理委員会」を設置した。
 この対応に対して,調査委員会の設置を評価しつつも,講談社が「編集オンブズマン制度」を導入しなかったことを批判する意見があった。一方で,「編集オンブズマン制度」の提言に対して,基本は社内での対応ではないかとの批判もあった。また,社外委員だけで構成する第三者機関の在り方自体に疑問を投げ掛ける意見もあった。

5.考察
 「第三者機関」の示す内容が混乱していると思われる。今回設けられたような調査委は,一般的に企業が不祥事に対応するため,その状況を社外の目で客観的に検証するために設けられる組織である。つまり,これは企業の危機対応として捉えた方がいいのではないだろうか。
 講談社が編集オンブズマン制度を取り入れなかったことに関して,まず,メディア評議会は,複数の委員で構成し,苦情を受け付け,メディアをモニターし,意見を表明する組織である。ベルトランは,メディア内外の人物で構成するのが最良とし,メディア内の人物だけで構成するのは準評議会と位置付けた。編集オンブズマンは必ずしもメディア外の人物ではない。ただし,独立した立場で,苦情を裁定する,モニターする,意見を表明するといった役割がある。しかし,編集オンブズマン制度を第三者機関として,メディア外の人を迎え入れることのように捉えられている見解があった。
 また,調査委の提言では,編集オンブズマンの役割は「日常不断に編集・出版実務を検証」「現場からの質問や疑問に答える」とされている。しかし,出版実務の広さを考えると,どのような場面でオンブズマンが関与するのか,明確化する必要があるのではないか。
 このように,日本では出版界が様々な対応をしている中で,「第三者機関」の内容が明確化されずに議論が展開されてきた。まずその機能・役割に着目した議論を行うことが,MASの確立には必要である。