《ワークショップ》「アクセシブルなEPUB出版物の制作における課題」(2023年5月13日、春季研究発表会)

アクセシブルなEPUB出版物の制作における課題
――日本出版学会学会誌を事例にして

 司会者:
  梶原治樹(扶桑社)
 問題提起者・討論者:
  池下花恵(相模女子大学)
  岩本 崇(アドビ株式会社)
  植村 要(中央大学)
  鷹野 凌(HON.jp)

 
1.背景
 2022年8月、EPUB出版物のアクセシビリティを定める「JIS X 23761」(以下JIS)が公開された。また、2022年11月に開催されたJEPAセミナーにおいて、相賀昌宏氏から出版文献におけるアクセシビリティの取り扱いを見直すよう、産学連携を期待する発言があった。そこで、出版デジタル研究部会と出版アクセシビリティ研究部会は、2022年12月から、制作から利用に至る過程のうち、制作に注目し、共同で調査研究を進めてきた。

2.目的
 本ワークショップでは、この調査研究の成果を報告し、参加者とともに議論することで、JIS に適合するEPUB出版物を制作する上での課題を考察することとした。

3.対象
 日本出版学会の学会誌である『出版研究』を事例とする。

4.方法
 まず、サンプル文書として、JISに適合するEPUB文書を制作した。また同仕様のEPUB文書制作費の見積を2社の印刷会社に依頼した。同時にスクリーンリーダを用いてサンプルEPUBの可読性を調べ、課題の抽出を行った。

5.結果と考察
5-1.制作
1)電子書籍制作ソフト
 サンプル文書として、Adobe InDesignとSigilを用い、リフロー形式のEPUBを制作した。InDesign版では、画像の代替テキスト、見出しのレベルの設定は可能であったが、アクセシビリティに関するメタデータを含めることができなかった。しかしSigil版ではすべての設定を含めることができた。制作したEPUBが JISに適合しているかを、Ace by DAISYでチェックした結果、InDesign版では、未達が9項目あったが、Sigil版では無かった。EPUB制作に特化したソフトウェアでは、JISに適合したEPUBを制作することは容易である。ただし、手作業によるコーディングが必要であり、制作者にはWebに関する知識が求められる。

2)代替テキスト
 一般論として、図表のどの部分に着目して欲しいかは執筆者に意図があるのだから、代替テキストは編集者ではなく、執筆者が用意するべきだろう。また学会誌の投稿規定に「図表に代替テキストを付けること」を明記すべきであり、代替テキストのない投稿論文は、リジェクトも含めて検討すべきだ。
 一方、JISでは、キャプションや本文注の記述で図表の内容が分かるのであれば、代替テキストは不要となっている。たとえば理工系の文書のように本文中に図表の内容に言及があれば、代替テキストは不要である。

3)ノンブル
 EPUBに紙の定本のノンブルを入れる場合、自動書き出しで対応可能だが、特定の条件でページの入れ替わりが発生する可能性がある。またノンブルは、単純に連番で付ければ良いわけではなく、自動化する場合は何らかの工夫が必要になる。それでも最終的には目視での確認が必要で、この作業には時間がかかる。また、ボーンデジタルの場合、ノンブルをどうするかの検討が必要だ。

4)フォント、カラー
 JISでは、文字色と背景色についても規定している。対応としては、色覚多様性に配慮する上でも、フォントやカラーの指定は、EPUBに持たせないことが望ましい。

5)JISに適合したEPUB制作の見積
 『出版研究』を制作している三美印刷と、三陽社に制作費の見積を依頼した。三美出版からは見積もりを得られなかったが、三陽社からは「出版研究」51号(総ページ数210ページ)で60,550円の見積を得た。印刷データを内製する場合、現実的な金額だろう。ただし印刷会社からパッケージデータの提供を受ける際には、別途費用が掛かる可能性もある。

5-2.購入
 メタデータを記述しても、電子書籍ストアにはそれらを検索する仕組がない。出版社にとっては、活用される環境がない状況でメタデータを記述するように求められても、対応は難しいだろう。

5-3.利用
 検証できたのは一部のビューアだけだが、ノンブルを表示できたのはApple BooksとBibiのみだった。ユーザはDRMの関係でスクリーンリーダに対応したビューアを使いたくても選べない。EPUBをJISに適合するように制作しても、ユーザがその利便を享受できない状態である。

6.結論
 JISに適合したEPUBが意義あるものとなるためには、制作だけでなく、購入から利用に至る全課程での取組が必要である。しかし、購入や利用環境がJISに対応していないとしても、JISに適合したEPUBを制作することに意味がないということにはならない。コンテンツ制作者にできることは、いつか購入や利用環境が対応したときに、過去に遡らなくても利用できるようにしておくことである。
 日本出版学会として行なうことは、まず学会誌の投稿規定を改定することである。そして改訂の意義を他学会にも広めることである。

 なお、本ワークショップの内容は日本出版学会のYouTubeチャンネルで公開している。
https://www.youtube.com/watch?v=QKtqOvF5oKs