メディア間相互批評の史的考察   大澤 聡  (2008年11月 秋季研究発表会)

メディア間相互批評の史的考察
  ――戦前期の論壇時評と新聞時評  (会報123号 2009年1月)

   大澤 聡

【A】発表の概要
 今回の発表では,戦前の論壇時評がもった機能とその史的履歴とを整理・考察することに主眼を置いた。その際,雑誌や新聞など論壇時評が掲載された媒体を主な分析対象として設定した。以下,本発表の概要を記す。
 論壇時評は,まず1931年に雑誌『中央公論』に定着する。論壇ジャーナリズムの多様化と複雑化とを背景として,その情報整理の提供を期待されて開始された。それゆえ,要約の効率的遂行に習熟したアカデミズム出身の論客たち―多くは大学を追われたマルクス主義者ら―が起用される。また,そうした整理には少なからず評者の判断が反映され,しばしば他誌に掲載された論説の批判を含むことになる。そのことは競合関係にある雑誌間に不必要な紛糾をもたらしかねない。そのためもあってか,『中央公論』の論壇時評は連載9回にして早々に打ち切られる。
 その直後,『東京朝日新聞』において論壇時評が開始され,ただちに『読売新聞』へも波及する。論壇時評は雑誌から新聞へとその媒体を移し継続していくのである。その結果として,論壇時評は雑誌メディア全体への批評に傾斜することになる。「論壇」とは何か,いかにあるべきか,という問題を自己言及的に検討する過程において,論壇の中心的基盤となる雑誌の編集方針が批判の対象となるのである。従来の文明批評家によって構成される言論空間への回帰を希求する論客からは,現状批判がくりかえしなされる。論壇時評という場において論壇動向の監視がなされるのである。
 新聞に論壇時評が定着した1932年,『文芸春秋』『中央公論』などの雑誌において新聞時評が定着する。すなわち,新聞は雑誌を批判し,雑誌は新聞を批判するのである。こうして,メディア間における相互批評の構造が時評を交点として出来する。この構造は書き手に新聞/雑誌という個別メディア相互の差異を否応なく意識させる。その意識化の過程で,「雑誌」性や「新聞」性という観念が排他的に構築されていく(典型的には,「新聞」論や「雑誌」論の隆盛に表れる)。そして,相互批評を基点として同列・水平的な場=平面が生成され,下位区分としての雑誌メディア/新聞メディアを包含する。かくして,一般的な意味における「メディア」概念が空間的に立ちあがる。それを,当時は「ジャーナリズム」という語彙において漠然と思考したのである。ここに,私たちはある種の《メディア論》的な全体性を確保する視座の萌芽=可能性を認めることができるだろう。
 現在,「論壇時評」はその機能不全が指摘されて久しい。そこで本発表の成果は,その再検討に必要な判断材料をいくらか提供することにもつながるのではないか。そうした感触を提示して発表をしめくくった。

【B】質疑応答の概要
 発表に続いてフロアーから提起された主な発言は,発表者の記憶のかぎりでは次の3点に要約できる。
(1)発表者の言う「《メディア論》的な全体性」とは「総合雑誌」という名称に典型的に表れる「総合」性に確認できるのではないか。
(2)雑誌における論壇時評の早期打ち切りの理由が,発表のかぎりでは仮説にすぎないので,何らかの資料を提示できないか。
(3)『朝日』の論壇時評が嚆矢であったことをもう少し実証する必要があるのではないか。
 これらの発言に対して発表者が行なった応答は各々次のとおりであった。簡略に記しておく。
(1)まさにそのことを実証するべく,本発表以外の場でも総合雑誌を分析対象に設定してきた。とはいえ,総合雑誌の言説に完全には回収されえない,より包括的な場としてのメディアの全体性を浮き上がらせたいとも考えている。そのために,新聞やラジオなど同時代の他メディアとの突きあわせが必要だと認識している。
(2)この箇所の論証が弱いことは承知している。論壇時評に対するクレームがあったことを思わせる「詫び文」「訂正文」の存在が証拠のひとつとなるのではないかと考えている。また,そうしたクレームは,時評に一般の論文・記事以上の「公平」性や「公的」性が要求されてしまう事態の証左にもなるはずだ。
(3)『東京日日新聞』『都新聞』『報知新聞』など東京における他紙の閲覧もあわせて行なってきたものの,関西方面の新聞や地方紙まで完全にカバーしきれているわけではない。早い段階のものがあらためて発見される可能性は低いが,より詳細な調査が継続される必要があると考えている。

*なお,本発表は日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。

(初出誌:『出版学会・会報123号』2009年1月)

なお,「秋季研究発表会詳細報告」(pdf)がご覧になれます。

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