ネット時代の図書館――資料の貯蔵庫から情報コンサルへ  井上 (2006年1月27日)

関西部会   発表要旨 (2006年1月27日)

ネット時代の図書館――資料の貯蔵庫から情報コンサルへ

 井上氏の報告は,第1に図書館の仕組み,第2に複合的な情報探索,第3に電子情報源の利用について,大学図書館での事例を豊富に交えた,明快かつ興味深いものであった。
 第1に図書館の仕組みについては,本を借りたり雑誌を見たりする利用から,情報を点から線へ,線から面へと立ち上げていく学術的な「調べもの」に図書館を活用してもらうことが急務になってきている現状を指摘し,図書館の存在意義を明らかにした。
 例えば「美容としてのダイエット」がいつ頃日本で定着したかを調べる大学1年生の演習課題。この場合,『広辞苑』3版(1983年)と4版(1991年),そして『日本国語大辞典』初版(1972-76年)と2版(2000-02年)を比較し,いつの時点から「ダイエット」が見出し語として出現するか,語釈や用例がどう変化していくかを調べることで,1980年代に定着したのではないかという仮説をたてることが可能になる。
 さらに傍証するには,『現代用語の基礎知識』等の時事用語辞典を使い,ダイエット食品の隆盛をマーケティング情報で調査し,国会議事録(NDL公開データベース)で80年代の厚生委員会での発言記録を追跡し,『大宅壮一雑誌記事索引』『雑誌新聞総かたろぐ』等で記事件数の推移を調べる,ということも有効であろう。
 かように図書館には,編集物として信頼性の高い資料,公共財としての資料が集められ,利用者が多角的に調べることが可能になっている。また,資料にアクセスしやすいように目録を整備し情報を組織化している。これこそ図書館がもつ重要な「仕組み」なのだ。
 ところが,インターネットの普及によって情報入手が誰にも容易になったことで,情報のヒエラルキー(信頼性や確かさの)が消失してきている。これにともない,図書館員お得意の「探す技術」が相対的な価値低下を起こすに至った。この理由により,利用者の情報探索を支援するレファレンスサービスの再構築が,昨今議論の的になってきたのである。
 井上氏は第2に複合的なメディアを利用する情報探索の必要性を分析した。大学図書館では,学生に対して情報探索法の講習会が盛んに行われているが,従来の印刷物に加えて電子情報源の探索指導も始められている。つまり,印刷・電子のハイブリッド利用が求められるのだ。例えば「『平民』の呼称はいつ消えたか」を調査する利用者は,『国史大辞典』だけでなく,Webcat PlusやReaD,GiNii等を駆使し,関連論文や研究者情報を調べる。そして本文リンクから論文記事のPDFファイルを画面で読み,そこで得た知識でさらに調査を展開するなど,創意工夫と複数メディアの使いこなしが不可欠となるわけだ。
 井上氏は第3に電子情報源の利用についてさらに詳しく言及した。
 「Yahoo!やGoogleといった検索エンジンがあればいい」という人がいるが,実は検索エンジンで検索可能なのはウェブ上にある情報の10分の1程度に過ぎない。通常の検索ロボットがインデキシングにより収集する表層ウェブは,Yahoo!やGoogleで何とか探せるが,データベース内に格納されているデータは深層ウェブ情報であって,検索エンジンではヒットしない。京都大学「情報探索入門」での演習では,こうしたメディア特性を理解させるため,キーワードの選択,複数情報ソースの検索比較,原典サイトの確認という課題を与え,学生を指導している。
 従来図書館は,記録化された情報を選択して収集し,それらを保存し,利用者に提供してきた。ネット時代に至っては,電子情報源にもこれと同様のスタンスが求められる。
 ユネスコは「デジタル文化遺産保存憲章」を2003年に採択したが,本と同じようにインターネット上の情報も「文化遺産」として保存する必要があると考えているのだ。ネット上の電子情報源を未来に伝える。また過去に遡って見られるようにする。こうしたことが可能なアーカイブを構築していこうということだ。
 ネット時代の図書館は,インターネット情報も収集・蓄積し,利用に供することが可能な環境づくりを迫られる。それをバックアップするのは,国内では国立国会図書館であり,WARP(インターネット資源選択的蓄積実験事業)で公共性の高い機関を対象に収集を始めている。またこの分野の先進国である米国では,インターネット・アーカイブと称し,世界のウェブサイトを定期的に収集・保存し,世界に公開している。
 今後はインターネット情報も含めて,「調べもの」をするための「仕組み」が必要になる。重要なことは,こうした情報源のメディア特性を理解したうえで,印刷本もインターネット情報も組み合わせながら,多角的かつ批判的に情報を使える次世代の「仕組み」を構築することなのだ。
 井上氏は最後にまとめとして,出版界への要望を語った。
 日本では商業系の電子コンテンツと配信があまりに貧弱だ,と米国の研究者からよく指摘されるがその通りである。また出版界と図書館界での出版情報の共有化も進んでいない。
 海外の大学図書館では,Approval Planによる図書購入も盛んだ。例えばBlackwell書店は,出版物に対して「これは大学1,2年生用」とか,「3,4年生用」と販売側で細かに分類を与えている。また「過去の作品の集めたSelected・Collectedの本」といった具合に,編集形態によって出版物を分類し,細かい分類テーブルをつくり,ひとつひとつの本に対して出版データを管理している。大学図書館側は主題ごとに,文学分野なら3,4年生用のレベルの本まで買うが,建築分野は概論でよいので1,2年生用までといった選択基準データをBlackwell書店に登録する。そして新たな出版物が発行されれば,自動的に図書館登録基準との合致状況をコンピュータで点検し,購入候補図書リストをはじき出す。紀伊国屋書店は日本の出版物に対してテスト版のApproval Planを作成し,東京の大学図書館をモニター校にして試行しているが,今後の進展を見守りたい。
 出版物の内容は,出版社の編集者がもっとも理解しているはずだから,日本の出版界でも標準的な分類テーブルを持てば,同様のことが可能ではないか。日本図書館協会の選定図書をみていても,NDC分類以外には,<一般><小学生高学年>といった読者対象分類くらいしかないのは実に残念である。
 井上氏の報告のあと,16名の参加者より活発な質疑応答があった。辞書作りに携わった研究者,ビジネス支援に取組んでいる公共図書館員,情報リテラシー教育で有名な大学図書館員など,多彩な参加者による質問によって,さらにテーマに関する知見が深められたように思える。懇親会にも多くの参加があり,たいへん充実した部会であった。
(文責・湯浅俊彦)