『女ことば/男ことば』規範の形成  佐竹久仁子 (2005年10月26日)

 関西部会   発表要旨 (2005年10月26日)

『女ことば/男ことば』規範の形成 -明治期若年者向け雑誌から-

 日本語社会において特徴的なのは,ことばのジェンダー規範に「女ことば/男ことば」という非対称的に性別化された具体的な言語形式についての規範が存在することである。「女ことば/男ことばの存在は日本語の特徴でありよき伝統である」とする言説は現在も広く流布している。しかし,「女ことば/男ことば」規範は明治維新以後の近代化の過程で「標準語」の普及とともに形成されていったものである。性別化されたことばづかいは「標準語」政策によって意図的に作り出されたものではなかったが,「国民のジェンダー化」という国家の方針に合致するものであった。
 「標準語」の基盤とされたのは東京の中流階級のことば―具体的には「山の手ことば」―であるが,その特徴のひとつは性別化された形式の多さにある。「女ことば/男ことば」規範は,この性別化されたことばづかいをインフォーマルな話しことばの標準として規範化したものととらえることができる。ラジオ放送開始(1925)以前の社会で,この規範意識の形成にもっとも大きな影響力があったのは,雑誌をはじめとする書きことばメディアであっただろう。本報告では,「標準語」の成立期とされる1900年前後の若年者向け雑誌を資料に,その言説の分析からこの規範の形成過程を概観した。
 明治期の若年者向け雑誌は第一期国定読本の使用開始(1904)と歩調をあわせて口語体を採用するが,この口語体採用が「女ことば/男ことば」規範の形成にあたって重要な役割をになった。〈口語文=「標準語」の書きことば〉〈「標準語」=「東京語」〉という図式によって,口語体の文章にうめこまれた「山の手ことば」という方言による話しことばの描写(会話文)と地の口語文との間に連続性が与えられる。その結果,全体が「標準語」の文章とみなされ,会話文の方言性がかすんで,両者の差異は〈「標準語」の書きことば/話しことば〉として知覚されることになる。そして,〈「標準語」の話しことば〉の具体像として,性別化されたことばづかいがイメージされるようになる。
 小説や物語の会話文などをとおして,性別化されたことばづかいを特徴とする「山の手ことば」は「標準」「一般」「普遍」という価値を付与されるが,さらに「よい」「上品」「美しい」「格好いい」のような審美的な感覚的評価も与えられる。これは,主に「中央-地方」「階層の上-下」「教育の有-無」といった差異化の構図のなかで示される。また,雑誌への投稿作文や投書の文章からは,読者たちがこうした価値評価図式を獲得し,山の手ことばにもとづく性別化されたことばづかいを「われわれ日本人のことば=国語」として受容していったことが確認できる。
(佐竹久仁子)