西洋の造本装丁 渕野智弘,関直行 (2013年9月6日)

■出版技術・デジタル研究部会,出版史研究部会 共催 見学会概要(2013年9月6日)

西洋の造本装丁
――ワールド・アンティーク・ブック・プラザ見学

案内役:渕野智弘,関直行

 東京・日本橋の地下鉄駅から直通の丸善日本橋店3階にある洋古書店,ワールド・アンティーク・ブック・プラザの見学を行った。
 同店は,明治3(1870)年から現在地で書籍・文具の専門店として営業を営む丸善(現在,丸善書店株式会社)と共同持株会社丸善CHIホールディングスによりグループ企業となった,雄松堂書店が2011年11月に開店,一角内の企画・運営を行っている。雄松堂書店が半世紀以上つちかってきた,世界的な古書業者同士の信頼とネットワークがあってはじめて実現した店で,海外の洋古書・稀覯書を委託で店舗販売するという,国内に限らず世界でも珍しいユニークなスタイルである。欧米を中心に23の古書肆からの品々が集まり,常に1000点以上の古書を常設展示販売している。
 今回の見学会にあたって雄松堂書店の3名が案内役となり,主に造本・装丁に関連して特筆すべき書物を20点ほど選定し,それぞれの概要・来歴を最初に簡潔に説明し,技術的なコメントを交わした。取り上げた書物は以下の次第であるが,いずれも販売本であるため,その後売れたものも含んでいる。
 まずは活版印刷術最初期のインキュナブラから,エラスムスの時代まで影響を及ぼした11世紀ビザンティンの聖書注解者テオフィラクトゥスの『パウロ書簡注解』(1477年,ローマ刊)。丸善が仕入れ日本で販売を行った『グーテンベルク42行聖書』と同じ旧蔵者の本で,塔に十字架のかかったドヒニー文庫の赤い蔵書票をはじめ,18世紀伊文学者のビショーニ,フィレンツェ公共図書館,トスカーナ大公フランツI世等の際立った所蔵の来歴が見開きに見られる逸品である。また,無数の木版画を伴うデリケートな15世紀の印刷コンテンツをやさしく内包しながら,19世紀スタイルの細密な金装飾と豪華なグリーンの総革装に仕立てた『ホラティウス著作集』(1498年,ストラスブール刊)の,古今の時代を超えて調和の取れた姿も,500年以上の歴史を物語っている。
 天地35cm,幅わずか7.5cmという細長い形状のボッカッチョ『デカメロン』(1820年,フィレンツェ刊)や,旧蔵者が表紙にダンテ,裏表紙にフランチェスカ・ダ・リミニの絵を肉筆で描いたダンテ『神曲』(1849年,フィレンツェ刊)。ジョワイヤン『トゥールーズ=ロートレック1864-1901』全2巻(1926年,パリ刊)は,上下巻とも「HTL」の文字を丸で囲んだロートレックのモノグラムを大きく正面に配し,デンマーク・デザインの総革装にした装丁である。
 ディブディン『オルソープ文庫』(1822年,ロンドン刊)全2巻限定大型判は,ベドフォード装丁の重厚な革装。バランタインプレスの私家版に,チャールズ・リケッツが繊細なボーダーデザインを配した,テニソン『イン・メモリアムほか詩編』全2巻(1900年,ロンドン刊)。軽妙な10色の革を使ったサンゴルスキー&サトクリフによる『ビアボーム全集』全10巻(1922年,ロンドン刊)。ダグラス・コッカレルの装飾を彷彿とさせるWH Smithによるダビドソン『過ぎ去りし時のひびき』全3巻(パリ刊)等の英国装。マリユス=ミシェル後継クレテ製本による特装本,バルビエ/シュウォブ『幻想の伝記』(1929年,パリ刊),ロベル=リッシュ画/モーパッサン『メゾンテリエ』総革特装本(1926年,パリ刊)ほか数多くの挿画本・美装本ブームのレザネ・フォルの時代に制作されたフランス式の製本を代表するものも数多い。
 ルフェーブル画マスケリエ彫版の銅版画にそれぞれの試刷が添えられた,スウィフト『ガリヴァー旅行記』仏語版全2巻総革装本(1797年,パリ刊)や,完成画1枚に対して無数の多色刷見本が一緒に綴じ込まれて通常の3~4倍の厚みを成しているフランス『聖女クララの泉』総モロッコ革豪華特装本(1925年,パリ刊)など,特別に制作された特殊なケースの本も多々ある。
 なかには,ミュシャ画/フレール『トリポリの姫君イルゼ』独語版(1901年,プラハ刊)を,ウィーンの製本家が暖かく明るい茶色革で装い,小口は真っ青な空に金箔押しで星屑を飾った,1980年制作のルリユール作品など,装丁がアートとして現在まで継承されている美しい例も見ることができた。

※2013年度第4回研究部会,参加者15名(会員9名,非会員6名)。
(文責:渕野智弘)