デジタルコンテンツと紙の本の近未来  萩野正昭 (2009年10月27日)

出版流通研究部会 発表要旨 (2009年10月27日)

デジタルコンテンツと紙の本の近未来
――多様な表現ができる技術と流通
萩野正昭

 10月27日,八木書店会議室において「出版流通研究部会」が行われ,萩野正昭さん(ボインジャー・ジャパン代表)のよる『デジタルコンテンツと紙の本の近未来―多様な表現ができる技術と流通』が行われた。参加者は,講師を含め計31名(会員16名,一般15名)であった。

 出版流通に君臨するデジタル時代の新勢力に対抗して,No Amazon, No Google, No Apple という合い言葉がある。現実にこのような動きはやってくるのだろうか。この観点を念頭に,いかに出版人の努力が必要かをお話させていただきたい。

 電子的出版の黎明は,不変性こそ本の重要な要素だとこだわること からはじまった。デジタルとは不変が保たれない象徴だった。この命題を抱きながら,事業として生きながらえるのはそう簡単なことではなかった。不変であり誰でも複製可能なものから利をえるほど困難なものはない。勢い不変性を棚上げにし,変化し,即消え去り,即課金できるものこそ求められた。批判する出版人がないわけではなかったが,儲けに走る姿が是か非かだけが意義とすり替わり,不変性という課題は置き去りされてしまった。500億円の市場は携帯電話を中心に形成されたが,電子的出版の黎明を象徴した,不変性と取組む出版人は誰もいなくなった。
 全書籍電子化計画へと時代は移った。2003年アマゾンの「Search Inside the Book」。グーグルは2004年アメリカの主要な図書館と提携し,所蔵図書を電子化する「Google Print Library」を発表した。紆余曲折を経ながらグーグルは全書籍のスキャニング作業を強行し,計画を「Google Book Search」へと変更していった。
 図書館という不変性をそっくり電子化し,ネットを介した流通に関与する意図を鮮明におしだした。本を読むビークルはKindleであり,バーンズ&ノーブル社のnookであり,ハンディなモバイル環境で可読するiPhoneであり,Android端末であり,Blackberryでありというスタイルへとつながった。出版人は当事者ではなく和解の相手先にすぎなかった。
 アマゾンやグーグル,アップルに対抗して,本の流通・配信のデジタル時代にブランド価値を取り戻せるだろうか。ボブ・スタイン(注)は問い掛ける。
 紙の本の場合,著者とは将来の読者のために特定の主題にかかわる人のことだった。ネット上の本では,著者とは主題の文脈に沿って読者とかかわる人になる。著者を中心とした,共通の関心をもつ活気あるコミュニティを作り出し,涵養する能力において傑出した出版人がこれからは成功するだろう。
 ボブ・スタインは本の外にある生態系を指摘する。その生態系には,どのようにその文章は書かれるに至ったか,いかに読む作品を選び,購入に至ったか,体験を他人と分かち合うかといったものが含まれる。しかし現在の生態系は以下のような要素で成り立っている。

1.出版社・編集者のつくりだす著者獲得システム(著者と読者の厳密な線引き)
2.トップダウンのマーケティング(大手主流メディアへの過剰依存)
3.さまざまな書店,そして……アマゾン

 アマゾンは,印刷本と同じ今なお優勢な読書のモードを支えるDNAの産物だ。Kindleのデザインは,本の生態系を維持する保守的な役割であることをはっきり示している。値付けも,刊行スケジュールも,DRMも,いまだに出版業界の収益の中核である印刷本ビジネスを脅かさないように構造化されてきた。何も変わっていない。
 ネットと現実の境い目は消滅しはじめる。大事なことはネットと現実の相互作用を考慮に入れて判断ができるかどうかにかかっている。固有のフォーマットや,ハードメーカーによる販売店規制によって電子的出版が制約されているかぎり,本をめぐる生態系のなかで,出版人やクリエイターが影響力をもつことは不可能に近い。
 悲しむべきことに出版人自身が,強力なDRM(デジタル著作権管理)システムを必要だと信じ,アマゾンのKindle(あるいは間もなく登場するはずのアップルのiTablet)の惹句を真に受けることで,自らを巨大企業になだれ込む状況においている。作品を出版人から切り離す作業に全力を注ぐことで,アマゾンは出版人のブランドがもつ価値や意味を台無しにしつつある。出版人はこの状況を逆転させ,読者/顧客とのより密接な関係を打ち立てる必要がある。

(注)ボブ・スタイン(Robert Stein)VOYAGER 創立者
 1946年生まれMITメディアラボの前進,アーキテクチャー・マシングループに参加する。1984年VOYAGER(US)を創立。クリエイティブ・ディレクターとしてレーザーディスク,CD-ROM,電子出版 Expanded Bookなど500タイトルを制作。現在“Institute for the Future of the Book”(本の未来研究)の中心メンバーとして活動している。
 技術は進化のための推進エンジンというべきもの,主役は人間である。出版とは何であり,どうあらねばならないのか,そのための技術として出版社,作家,技術者が越えていかねばならない壁について,自らの経験をもとに人間性の復活を強く呼びかける。
*ボブ・スタインのブックフェアでの講演は以下に公開されています。
 →http://www.voyager.co.jp/sokuho/img_tibf_report/tibf09_bobstn.html
*また,電子的出版の潮流について「マガジン航」をご覧下さい。
 →http://www.dotbook.jp/magazine-k/
(文責 出版流通研究部会)