「東京国際ブックフェア」で感じたこと  菊池明郎 (会報128号 2010年10月)

「東京国際ブックフェア」で感じたこと
菊池明郎

 
 新米理事になったとたん,学会・会報「巻頭言」への執筆依頼をいただき,いささか驚いている。「忙しい菊池さんには無理は言いませんから」と,長年親しくお付き合いをしているある理事に口説かれ,理事に就任した直後の依頼である。口車に乗せられるとは,このようなことなのかと地団駄踏んでももう遅い。そんな心境なので,いささか品格に欠ける巻頭言になることをお許しいただきたい。
 今年も7月8日から11日まで,盛大に「東京国際ブックフェア」(以下TIBF)は開催された。主催者の発表では,昨年比35%増の8万8千人近くの来場者があったそうだ。なぜこんなに来場者が増えたのかというと,「電子出版」に対する関心の高まりによるものだった。
 NHK・TVを始めとするマスコミが,連日「デジタルパブリッシング・フェア」を大々的に報じたため,木曜,金曜の来場者が,前年比でそれぞれ9千人前後増加したらしい。昨年までは「デジタル」関連は閑散としており,今年から日曜の開催をやめたのだが,出展者,主催者とも完全な読み違いをしたと言える。
 「デジタル化元年」とマスコミが煽り立てた結果,浮き足立ったり,不安感を覚えた業界関係者が,いつになく真剣に「デジタル」関係のブースを取り囲んでいた。私も毎年足を運んでいるが,初日からこんなにヒートアップした「TIBF」は初体験である。私は書協の「TIBF検討委員会・委員長」という立場でもあるので,開催1ヶ月ほど前に,TIBFの主催者である「リードジャパン」に「デジタル」を昨年同様4日間開催に戻してはどうかと提案をした。しかしその時点では時間的なゆとりがないので,再検討の余地はないという回答だった。業界関係者の関心ばかりではないことは日曜日に分った。一般の入場者から「デジタルパブリッシング・フェア」はどこでやっているのですかと何度も聞かれたし,知り合いが残念そうに,「今日はデジタル関連はやってないのだね」と声をかけてきたのが印象に残っている。
 この現象をどう捉えるべきなのか。少なくとも出版に対する関心は,まだ多くの読者が抱いているとは言えまいか。彼らの関心はデバイスにも向けられているが,同時にコンテンツにも深い関心があるからこそ,電子書籍端末を使った読書に対する興味と関心が,ここまで高くなったとも言えると思う。
 小社のブースも連日多くの読者が押し寄せてくださった。売上も昨年対比で20%増だった。毎年読者層が若返っているようにも感じられたが,これからもコアな読者であり続けるはずの彼らは,紙もデジタルも両方使うはずだ。
 不況のときこそ,手間がかかり,お金もかかる「TIBF」に敢て出展すべきと感じた。本当に今年は色々な収穫があり,学ぶこともできたからだ。
(筑摩書房 代表取締役社長)